感情と合理性

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感情と合理性は相反するもの。

1000人の組織を守るために20人リストラする。
そんな経営者の当然の合理性に、真心のような感情があってはいけない。

将来を見据えて、誰かの行動を予測して、自分が合理的に動く。
得てして、これは見る人から見れば冷たい人間に映ったりする。

嫌われ者が一番優しかったりする。そんなことは組織にいれば大体分かる。
でもだからといって、その人に対し

「優しいですね」なんて言わない。

感情よりも合理性を評価される。そんなことを繰り返していくと、
小さい頃に親から教えてもらった優しさの感情を忘れそうになる。

歳を重ねると言わなくても分かる事や、野暮な事は言わなくなったりして。
これくらいなら言わなくても分かっているだろうなんか、

暗黙の了解や暗に意味されたことを信じたりして、
ちゃんと言葉に出さないといけないことを、見誤ったりする。

合理的な外の社会と、口に出さなきゃいけない中の社会を見極めなければならない。
合理的寄りのAさんと、
感情寄りのBさんがいると、どうしてもぶつかってしまう。

どちらも正解であり、不正解。

答えの無い問いに合理主義者は黙り込み、
感情派が波状攻撃をしかける。

ただ、この問題も答えは無い。
相手のことを理解しているからこそ、何も言えないものもある。

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