『ロックンロール』大崎善生−ガラス玉を真ん中において付き合ってたんだ。

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大崎善生を読むと小説の醍醐味は中身の内容だけではないことに気づかされる。

このロックンロールというなんの中身の無い小説が面白く感じるのは、
1行1行の文章がとても緻密で、計算されていて、繊細で、優しくて、突き刺さるような言葉の集合体だから。

この小説の中でも語られていたが、
「なんでもいいからひとつのことを、正確で美しい、ということはつまり適切な言葉を使って表現する。その枝葉の積み重ねの先にある樹が小説なんだ。」「犬の交尾を正確に描いていても泣くね。」
とある。1つ1つの洗練性が、心を揺さぶるのだろう。

小説の書き方や出版者とのやり取りや執筆活動など、著者と重なり合うような自伝的な要素もいれたかったのだろう。
でも嫌味がない。
中身はないけど、面白い。文節すべてを人生と照らし合わせる小説。

【作中名言】

「僕に出来たことは無関心を装うことだった。社会通念から遠ざかる。尻尾をまく。耳をたたむ。夢や希望や反骨心といったものは全て危険だった。もちろん捨てた。
そうすると少しだけ心が軽くなった。」

「とにかく女性はヒステリーを起こす。
それはまるでバスの停留所のようだ。
世の中の女性は全て、そうゆう名前の停留所を勝手に作り上げていて、必ずそこに停車しなければいけないと考えている。
それは分かっているつもりだが、もしかしたらこの人に限って、そうゆう停留所を持っていないのではないかと幻想を抱くことがある。その大きな勘違いが、結局は新しい恋が始まるきっかけとなる。」

「きっとお互いを深く傷つけ合ったりすることのないように、ガラス玉を真ん中において付き合っていたのかも知れない。でもそれは何か違うのだという感覚ー。人間と人間が繋がるということは、ときとして物凄く動物的なことだという、理屈ではないとても皮膚的な感触。」

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