『おなら~かしあれかし~』桃川涼太郎−ショート小説コンテスト③

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『おなら~かしあれかし~』

私は安楽椅子探偵ならぬ、安楽死探偵です。奇抜に聞こえるかもしれませんが、何の捻りもなく、来月スイスで安楽死を迎える予定の探偵です。そんな私の最後の事件を、どうか聞いてください。

ある日、迷子になった金魚を探してほしい、という飼い主からの依頼がありました。金魚が迷子などおかしな話だと思っていると、案の定、不思議な話を聞かされます。金魚は普通の赤い和金で、しかし尾だけは見事に開いている別嬪だったそうですが、昨年の冬、不幸にも死んでしまったと言うのです。それから飼い主は悲しみに暮れる日々を過ごしていましたが、ある日、ふと自分のほっぺに、ちゅっとかわいらしいキスが落とされる感覚を味わったそうです。よくよく目を凝らすと、ほっぺの横には、あの死んでしまったはずの赤い和金がふわふわと漂っており、以来、飼い主と金魚は再び一緒に暮らし始めたのだそうです。
「まず、その金魚は、あなた以外にも姿を見せてくれるのでしょうか?」
私はこんな場合に必要な細心の注意を払いながら、殊更にゆっくり話しかけました。
「いえ、フィンは私にしか見えないのです。主人に何度見せても見えませんでした。でも、私に見えるのですから、フィンは確かに居るのです。それが、一昨日から姿を見せなくなって」
一昨日から、という言葉にふと思い当たる事があって、私は少し黙りました。それを何と誤解したか、飼い主はこんなことを言いました。
「探偵さんは、推理で真実を見つけられると聞いております。フィンの姿が見えようが見えまいが、あなたならきっと探せると思ったのです」
これで確信しました。実は‘一昨日’こんな依頼があったのです。

先月から、県立の美術館で現代アート展が開かれていました。その展示物の中に『凍ったおなら』という作品があり、それは、空っぽのガラスケースを見せて、観客に中を想像させる、というものでした。演奏しない演奏、という音楽があるくらいですから、まあ、その類のアートだろうと思っていたら、なんとその『凍ったおなら』が盗まれたと言って、作者が私の元を訪れたのです。
「僕の作品をどうか見つけてください」
作者は深々と頭を下げました。
「そう言われましても、あれは、初めからなかったのでしょう? 凍れば、液化後氷結した塊ができるはずなのに、それが展示されていなかったということは、ガラスケースには初めから何もなかったか、あっても凍っていない空気かガスということになります」
どう考えても、作品は盗まれようがありませんでした。
「あれは、水の中で、ぷくっとかわいらしいおならがされたとき、水が瞬く間に凍って、小さな穴の空いた氷ができたのです。その氷をすべて除いた穴の部分を展示したのです」
アートとは底なしに深いものだと思いました。ドーナツの穴はドーナツがなければ認識できないのに、それを探せとは。
「探偵さんは、推理で真実を見つけられると聞いております。あの凍ったおならの発せられたときの、ぷくっという音が聞かれなくても、あなたならきっと探せると思ったのです」

私は金魚の飼い主に尋ねました。
「あなたは一昨日、金魚を連れて、県立美術館へ行かれませんでしたか? そこで『凍ったおなら』という作品、つまり、あなたのご主人の作品をご覧になりませんでしたか?」
飼い主は一瞬驚いてから、躊躇いがちに頷きました。
「あれは、フィンの姿が見えない主人にどうにか見せてやれないものかと、徒にフィンを水に泳がせたときに出来たものです。フィンが泳いでも水面は全く揺れなかったのに、フィンが小さなおならをしたところ、水中に一つの気泡が現れました。主人はその小さな気泡に、フィンの存在を見たのです」
「金魚はその作品の前で消えませんでしたか? 消えゆく瞬間をあなたは見たのではないですか?」
飼い主は暫く黙っていましたが、その後小さくこう呟きました。
「いえ、目を離した隙に…いなくなったのです」

私は金魚と『凍ったおなら』の捜索の依頼を引き受けました。何も泳いでいない金魚鉢を眺め、偶然浮かんだ気泡に、金魚は居ると二人ではしゃぐ夫婦の声が聞こえました。『凍ったおなら』という作品を客観的に見て、‘見えない’という現象を唐突に理解した飼い主の震える姿が見えました。見えなくても傍に居る、という気持ちになれるのも時間の問題かと思われます。でも、もし私のこの推理が外れていたとしたら、私は本当に金魚も『凍ったおなら』も見つけてあげられるかもしれません。なぜなら、来月には、私もそれがわかる世界へ旅立つのですから。

〜桃川涼太郎〜

ショート小説コンテスト

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