『ホールケーキ~シェ・ロンパでそれは作らない~』桃川涼太郎−ショート小説コンテスト⑤

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『ホールケーキ~シェ・ロンパでそれは作らない~』

お誕生日やクリスマスに誰かとパーティーをすることになったなら、ホールケーキのひとつやふたつ用意しようと思うだろう。なのに、わたしがバイトしている洋菓子店「シェ・ロンパ」には、ホールケーキがない。厳つい顔をしたパティシエの清十郎さんは、顔に似合わず柔軟で意欲的な性格で、いろんなお菓子に挑戦しては、出来の良いものを新作としてお店に並べている。お客さんの要望にもよく応えていて、この間は、漉し餡を挟んだパウンドケーキを焼いていた。なのに、ホールケーキだけ、売らないのだ。
「どうして、うちはホールケーキ、売らないんですか?」
ついにある日、そう尋ねたら、清十郎さんは静かにこう答えた。
「なんでって、おめぇ、ホールケーキは淋しいじゃねぇか」
「え?」
「ホールケーキは淋しいって、昔、そう言った奴が居たんだよ」

清十郎さんの昔話が始まった。

「へぇ、見たことのないお菓子がたくさんある。さすがは、京だ」
若い侍が、和菓子と和菓子の間に置かれた洋菓子を見つけて、呟いた。
「そりゃ、未来の菓子だ」
清十郎の声に、若い侍が顔を上げる。きょとんとした表情は幼く見えるが、不思議と、腰に差した刀が不釣り合いとは思わなかった。
「未来のお菓子。言われてみれば、そんな感じがする。特に、この、真っ白で、大きくて、太鼓みたいなお菓子。いちごが、まるで雪で遊ぶお人形さんみたいで、おもしろい」
若い侍は、清十郎の戯言を意に介する風もなく、それどころか、にこにこと話に乗ってきた。
「いちごがマイムマイムを踊ってるってか。それは、ホールケーキってんだ」
「ほうるけーき?」
「ああ、そうだ。何人かで切り分けて食べるんだ。人数に合わせて、切るところを変えれば、うまく等分できる」
清十郎がそう言うと、若い侍はにこにこと笑ったまま、
「それは、淋しいなぁ」
と、呟いた。
「私のいるところでは、斬った、斬られたが日常茶飯事で、死ぬ者も多いんだ。今日十で分けたのが、明日は九つで分ける。その次の日には、新しい隊士が入って、また、十で分ける。それは、やっぱり、淋しい。土産には、それぞれの好物をひとつずつ買って帰るのが私の楽しみなんだ。あ、これなんかいいな。まるで、桜の花びらみたいだ」
そう言って若い侍が指さしたのは、1ピースのショートケーキだった。
それからよく、若い侍は清十郎の店にやって来た。着流し姿の日もあれば、隊服だという段だら模様の羽織を着ている日もあった。どんな姿をしていても、若い侍はいつもにこにこ笑いながら菓子を選んでいた。そして、それが当たり前の光景になった頃、若い侍はばったり来なくなってしまった。風の噂によれば、戦のために京を離れ、東へと向かったらしい。そのときになって初めて、清十郎は、あの若い侍の好きな菓子が何か聞いておけば良かったと思った。そして、そう思ったとき、ホールケーキは淋しい、と言ったあの若い侍の気持ちが少しわかるような気がした。

「花見をしていると、ふとあの若い侍を思い出す。カットしたショートケーキを桜の花びらみたいだと言ったあいつは、もしかしたら、自分も花びらの1枚のように考えていたのかもしれねぇな」
清十郎さんの昔話が終わった。清十郎さんは、時々とんでもなく大それた嘘をつく。しかも、全く悪びれもせずに。でも、うちの店でホールケーキを売らない訳はなんとなくわかった。一人ひとつ買え、ということか。しかし、それも悪くない。清十郎さんの話を聞いて、そう思った。
「シェ・ロンパ」でホールケーキは作らない。代わりに、お店の棚には、たくさんの種類のお菓子が並んでいる。

〜桃川涼太郎〜

ショート小説コンテスト

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