囲碁〔人vsコンピューター〕プラチナデータ

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 囲碁の世界王者イ・セドルさんが人工知能に惨敗した記事を読んで、東野圭吾のプラチナデータを思い出した人も多いと思う。

うる覚えだが、

プラチナデータの話は、主人公の親父さんが有名な陶器職人で、何百万もする陶器を作る人だった。その親父さんがテレビの企画やらで陶器作製ロボットと対決し、惨敗し、自分の人生に意味を無くし自殺するという話。

だったと思う。

何十年も生涯かけて土に触れ続けた人が、ロボットに負けて自殺するというのは、とてもリアルな設定だった。自分ならどーするか考えても、そーするかもしれない。

今回のイ・セドルさんも若い頃から天才と呼ばれ努力に努力を重ねてきたに違いない。それをこんなにも全世界に大々的に人工知能には勝てないと通告された時、セドルさんに死ねと言ってるも同然だ。

対局してるとき、負けると踏んでいるとき、どんな感情だったのだろうか?コンピューターのバグを信じ続けたのだろうか?自分の能力を信じ続けたのだろうか?

囲碁を目指す青年も少なくなるだろう。それは将棋も然り、チェスも然り、あらゆる職人も然り、スポーツ選手も然りだろう。

コンピューターには勝てないという世界基準の定義を決めておかなくては、人工知能と戦おうみたいな、クソみたいなしょーもない企画も無かっただろう。どれだけの人が傷ついただろうか?そして勝って誰が喜ぶのだろう?

企画は、人を傷つける割合と、幸せにする割合を熟考して、やってほしいものだ。

今回の件でちゃんと決めた方が良い。

コンピューターは人と対戦するものじゃない。

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