『鳥居〜蟻の宮参り〜』桃川涼太郎−ショート小説コンテスト⑦−

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『鳥居〜蟻の宮参り〜』

お義母さんとはつ子ちゃんには、不思議な力がある。家の裏庭の、何もないはずのところに、朱色の小さな鳥居が見えるという。そこを蟻が参るという。わたしは炊事や洗濯が終わったら、裏庭の縁側で一休みをするのだけれど、一度もそんなものを見たことがない。それならば、と言って、お義母さんやはつ子ちゃんに付いて裏庭を歩いて回ったりもしたけれど、やっぱりそのようなものは見つからなかった。
「お継母さん、見えなくっても問題ないわ。ただの鳥居よ。そこを蟻がくぐるだけ。そんなことより、今日はお菓子作りを教えてくれる約束でしょう?」
中学生らしい清楚な装いをしたはつ子ちゃんは、屈託のない笑顔を浮かべて、わたしの服の袖を引っ張った。

台所で、マカロンを焼いた。はじめこそ、楽しそうに作業をしていたはつ子ちゃんは、なかなか思い通りにならないお菓子作りに早々に音をあげた。
「全然だめね、上手くできないわ。わたし、お母さんに似たんだわ。お母さんは、お継母さんと違って、お料理が苦手だったの」
はつ子ちゃんの発する‘おかあさん’という言葉が、まるで知らない言葉のように聞こえた。おかあさんはおかあさんとちがっておりょうりがにがて、おかあさんはおかあさんとちがっておりょうりがにがて。やっぱり外国の唄みたいに聞こえる。

お菓子作りがひと段落すると、はつ子ちゃんは、友達にお裾分けするお菓子のラッピングをしに自分の部屋に籠ってしまった。わたしは、余ったお菓子を手に取って、裏庭の鳥居があるらしいところへ持って行った。お供えは、ほんの気まぐれだった。少し落ち込んだときは、少しいいことをしたくなるのがわたしの癖だ。

マカロンのひとつを置いて、そこに何か変化が起こらないかと、わたしは座り込んで観察をした。お義母さんとはつ子ちゃんには見えて、でも、主人とわたしには見えない鳥居は、一体どんな存在なんだろう。まんじりとも変わらないマカロンの隣に、朱色の小さな鳥居を想像してみる。その先に、質素だけれど清潔なお社が見えたきがした。

「さなえさん、そんなところにしゃがんで何をしているの? まあ、お供え? あらあら、蟻がたくさんやってきているわ」
突然ふらりと現れたお義母さんは、いつものようにふんわりと微笑みながら、マカロンを、厳密にはマカロンに群がっているらしい蟻を見ていた。
「あのねぇ、さなえさん。わたしと娘とはつ子はね、死んだら蟻になる一族なの。蟻になって、たくさん働いて、それから『蟻の宮参り』という修行をしてから、また、人として生まれてくるのよ。そういう血筋なの」
お義母さんの話は不思議だけれど、静かな説得力がある。
「そう言えば、お義母さん。宮参りと言うくらいですから、鳥居の先には祠かお社があるの?」
気になっていたことを聞くと、お義母さんはふふ、と笑って、
「さあ、わたしは見たことないわね。神様のおうちは、神様にしか見えないんじゃないかしら」

お義母さんが去ったあと、わたしはもう一度マカロンに目をやった。いつの間にか、蟻の行列ができている。しかも、ただの行列ではなくて、真ん中にお神輿を担いでいる蟻がいる。ソロソロと進んでいた行列が止まった。そして、お神輿の中から十二単のような着物をきた蟻が1匹出てきた。
「神は姿がみえずとも、頼られる、る、る」
「見えればなおさら、頼られる、る、る」
着物の袖や裾を優美に翻し、お姫様らしき蟻はへんてこな唄に合わせて舞い始めた。舞はしばらく続いて、突然ふつんと終わった。
「かみさま、お菓子をお恵みくださってありがとうございます」
お姫様蟻がわたしに向かって深々と頭を下げた。かみさま、という可愛らしい発音が懐かしく聞こえる。
「それから、お母さんと娘と、それから主人の傍についていてくださってありがとうございます。あの人たち、わたしがいなくなってから、本当に精気がなくなって、とても心配でした。でも、かみさまが人の姿になって主人に嫁いでくださったおかげで、みんな明るく元気になりました」
ぼんやりと思い出してきた。わたしは、そうだ、神様だった。蟻の神様だ。質素だけれど清潔なお社にひとり鎮座していた。目の前の可愛らしい蟻は、鳥居をくぐった後、もう一度くぐって戻る道こそ神道だと悟り、わたしのもとへやってきた。彼女の真摯な願いを、わたしは聞き入れたのだ。
「本当に、本当に、ありがとうございます、かみさま」
再び頭を下げ、お礼の言葉を紡いだお姫様蟻は、お神輿に戻っていった。そして、蟻の行列はまたソロソロと動きはじめ、小さな朱色の鳥居をくぐると、そのうちひっそりと霞んで見えなくなった。

わたしは、鳥居があるらしいところにマカロンを置いて、何か変化が起こらないかとじっと眺めていたはずなのに、気付けばマカロンはいつのまにか消えていた。不思議だ。でも、その不思議は、見えない鳥居がまるで見えたみたいに、いい不思議だった。
「おかあさん! ラッピングのリボンが結べないの。ちょっと来て!」
可愛い娘に呼ばれて、わたしは裏庭を後にした。

−桃川涼太郎−

ショート小説コンテスト

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