『壁~郷愁~』桃川涼太郎−ショート小説コンテスト11

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『壁~郷愁~』

重苦しい灰色の雲が城の上にあった。それと同じ色の壁が、敷地をしっかりと囲んでいる。
私は子供の頃から、この壁を見て育ってきた。古ぼけて、白砂にまみれ、それでも、堂々と
聳え立つ壁を、私は時に尊敬し、時に鬱陶しく思ったりした。城内の庭にある年老いた巨木
にも威厳はあるが、そこには親しみのようなものが確かにあって、それは、あの頃の気持ち
のままに言うのなら、「登ってみたいな」と思わせる何かであった。巨木のてっぺんからこ
の城の敷地を見渡したとき、私は眼下に見えるすべてのものに感動した。バラ園、馬小屋、
池、風車、時計台、西の塔の小さな窓。自慢の遊び場がまるで手のひらに収まるほど小さく
見えたとき、まるで一生の宝物を見つけたような満足感を得た。それが、幼い日の煌めくよ
うな、いきいきした日常が、いつかの古き良き思い出へと変わる瞬間だったのだと気がつい
たのは、随分経ってからのことだった。
庭を駆け回りたいとも、バラ園でお嬢様と秘密のかくれんぼをして遊びたいとも、巨木に
登って城内を見下ろしたいとも思わなくなった頃、私は城の外で働くことを決めた。初めは
その粗野で粗っぽいところに随分と戸惑ったけれど、慣れてくるとそこに人間らしい温かみ
を感じられるようになり、今では洗練された城での生活より、こっちの生活の方がしっくり
くると感じられるようになっていた。それに、城の中で聴いていた素晴らしい音楽を生み出
す楽器も、旨い料理の素となる食材も、それらをのせる美しい器も、すべてはこの壁の外で
作られたのだと知ることもできた。私にとって、壁の外とはもはや城内の方になりつつあっ
た。
そんな折、壁の修理の仕事に駆り出されることになった。直接城の敷地に入ることもあるた
め、以前城内に住んでおり、身元のはっきりした私がメンバーに選ばれたのは当然と言え
ば、当然だった。
老朽化の進んだ壁は、随分と疲れたように見えた。城という何物にも脅かされてはならない
存在を、事実何物からも守らなくてはならないという使命に耐え続けてきた姿だった。その
憂鬱に侵されて、私は深くため息をついた。
壁のてっぺんまで登り、石材を運ぶためのロープを張り終えると、私は私の住む街を見下ろ
した。薄汚くとも活気に溢れた街に、さっきのため息を打ち消すかのような微笑みがこぼれ
た。
反対を向けば、そこには懐かしい城内が広がっている。どこかひっそりとして、寂しい雰囲
気がした。そんな風景の中にふと柔らかく暖かい光が見えた気がした。よく見ると、あの年
老いた巨木だった。あれからまた年をとり、巨木はその背中を曲げたようだ。巨木に登った
日のことを思い出した。バラ園、馬小屋、池、風車、時計台、西の塔の小さな窓が宝物に
なった日だ。あのときの感動が足先から全身へゆっくりと拡がっていくのを感じた。私はた
め息とも微笑みの吐息ともつかない、うめき声をもらした。ああ、これが「郷愁」というも
のか。

−桃川涼太郎−

ショート小説コンテスト

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