共産主義のマルクスはどうして『資本論』と名付けたのか?

スポンサーリンク

高校生からのマルクス漫画講座 単行本 – 2015/6/12
1

ずっと不思議に思っていたことがあって、
この本を読んでみた。

共産主義のマルクスはどうして『資本論』と名付けたのか?という疑問だ。

マルクスの『資本論』とは、資本主義のシステムを細かく書いてるのかと思いきや、
資本主義にある矛盾や愚かさを指摘。つまりディスりの本だそうだ。

しかもマルクスは共産主義を理想郷として押し進めておりながら
ある記者に「あなたは自分自身をどんな人だと思いますか?」という質問に

「一つだけ確かなことがある。私はマルクス主義ではない。一つの科学を打ち立てたいのだ。」

と答えている。
つまり、自分自身が共産主義の限界や矛盾点にいち早く気付いていたのだろう。

でも、そうゆう考え方があって良いじゃないか?
資本論と闘える思想があっても良いじゃないか?

という感じではなかろうか。

それを革命と勘違いして、国に持ち帰ったロシアや東欧、中国は時代遅れになってしまった。
歴史的な早とちりと言える。
「私はマルクス主義ではない。」という言葉を彼らが知った時どう思っただろうか?

またマルクスはこうも言っていた。
「社会主義は、資本主義のあとにやってくる。」

つまりは資本主義ありきの考え方なのだ。
この完璧だが冷淡さの強い主義を

愛や理想というハートフルな議論で誤摩化す。
共産主義は資本主義に対抗しうる一つの考え方という程度で抑えておく。

マルクスの自由な理想がねじ曲がって伝わった諸国は、良いことより悪いことの方が多かった。
マルクスは言うだろう。
「そらそやで。そうゆう考えもあるってだけで、俺、マルクス主義ちゃうで。」

にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ  

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA