『犬~序列~』白川湊太郎-ショート小説コンテスト40

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『犬~序列~』

「犬、飼いたいんだけど…」
娘の塾と私の仕事、その両方の都合が良くて家族三人が揃った数少ない夕食の機会を狙って恐る恐る尋ねてみた。
「ええー。誰が世話すんのよ?」
「もちろんお父さんがするから」
「ん、なになに、お父さん犬飼うの?」
娘はテレビの方を向いたまま会話に参加してきた。食事中はテレビを観ないようにと保育園の頃から何度も注意していたが一向に直す気配がなかったため、中学校を卒業した時点で夫婦ともに諦めてしまった。
「そうみたいなのよ。自分で世話するみたいだから、良いわよね?」
「あたし、パグが良いなー」
「そ、そうか。まあお父さんは飼えるならどの犬でも…」
「やったあ、じゃあパグで決まりね!」
「芽依子がそういうなら…お父さん、ちゃんと世話してよね」
「ああ、二人ともありがとうな」
これが現在の私の家の序列である。
高校生の娘が最上位だ。一人娘だから必要以上に甘やかしているのかも知れない。妻は娘のわがままを、大抵のことなら許してやっているようだ。ちなみに最下位の私にはお願いさえもしてこない。この家の収入のほとんどは私が稼いできているのに。
私はこの最下位からの脱出を決意した。言い方は悪いがこの家で私よりも下の序列の者を作ることにしたのだ。そのための犬である。私は明日家に帰ったら今度の週末に三人でペットショップに行こうと誘ってみること決めて眠りについた。

「ただいまー」
次の日、私が仕事から帰ると何やらすでに大きな声がする…犬だった。
「あ、今日の学校帰りにお母さんと行ってきたんだー」
「えっ?」
「お父さん、飼えるならどの犬でも良いって言ってたでしょ?」
「ああ、たしかに」
そういって夕食の食べようとダイニングに向かうと、テーブルの私の席の前にはペットショップの領収書が置かれていた。私は何も言わずにそれをポケットへ仕舞い込む。
彼女たちにとってはこれが日常なんだろう。私は気にせず食事にしようと箸を持つが
「お父さん、ご飯の前にあの子にエサあげて来てくれない?」
「ん、わかった」
これも日常なのだと自分に言い聞かせ犬のところに向かうと、不細工な顔を上げてこちらを見上げている。私はさっそく上下関係をはっきりさせる良い機会だと思い、エサを与える前に、一つ芸でも仕込んでみようと考えた。
「お手」
「ハッハッハッ…」
「おすわり」
「ハッハッハッ…」
「伏せ」
「ハッハッハッ…」
犬は全く言うこと聞かずその不細工な顔でこちらを見上げている。
「言うこと聞かないと、ごはんあげないぞ!」
少しだけ語調を強めて話してみるが、表情一つ変えずにいる。
「ほら! ほら!」
私はドッグフードをパグの届かないギリギリの場所まで持っていくと、さすがに興味を引いたらしく、エサを求めてピョンピョンと飛び跳ねはじめた。
そこで私は再び犬とエサとの間に自分の身体を入れる。
「ほら、エサが欲しいのならちゃんと言うことを聞きな…」
最後まで言わないうちに、私は持っていたパグのエサは取り上げられた。
「そんなこと可哀想なことしなくても、パグ郎は言うこと聞いてくれるよ、ねー」
娘はそう言いながら私とは目を合わせることもなく、私の知らぬうちにパグ郎と名前がつけられた犬に同意を求めている。
パグ郎と呼ばれているその犬の食事中にも関わらず、娘が「ストップ!」と声をかけると、食べるのを止めて先程私の指示を聞かなかったときのように「ハッハッハッ…」と言いながら顔を上げている。
「ほらね」
娘はあたかもそれが当たり前かのように話していた。食事中にテレビを観ることをやめられないお前よりもずっと理性的じゃないか、などと思ったが立場上口が裂けても言えない。
「おまえ、パグ郎っていうんだな」
犬はこちらを見向きもせずに、エサを食べ続けている。
「ストップ!」
犬はこちらを見向きもせずに、エサを食べ続けている。

犬は家族内の序列に敏感のようだ。そして私も家族内の序列に敏感であった。

―白川湊太郎―

ショート小説コンテスト

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