『時間~廻り巡る~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト45

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『時間~廻り巡る~』

 我らが藁谷町(わらやのまち)市は、とても穏やかな町である。
 駅は昔ながらというか、他のところではあまり見ない木造駅舎。
 ICカードというものは使えない。
 電車を使うなら、駅員から切手を直接貰う。
 僕の仕事は、それだ。
 長いこと、この町の駅員を務めている。
「どれくらいの時が経ったのだろうか」
 部屋を出て、ホームのベンチに腰を下ろす。
 この町の人たちは、何だかんだで自分に優しい。
 一日に一回は必ず顔を出してくれるし、話もしてくれる。
 僕はこの駅から出ることはできないから、住民の話はとても楽しくて、いつも楽しみにしている。
 先ほど、八十五歳の老婆から貰った最中を口に入れて、抹茶を飲んで一息吐くと「駅員さん」と声をかけられた。
 仕事だ、と思い立ち上がり、部屋に入って「どちらまで」と言うと、その人は「お菓子持ってきた」と笑った。
 お菓子? と思い見ると、それはこの町の精神科医・引馬くんだった。
「あー、引馬くん」
「どうも」
「君は変わらず、僕と話をするときは煎餅と緑茶だね」
 最初から今までずっとそうである。
「君の中で決めていたりするのかな」
「まあねえ」
 ベンチに二人、腰を下ろす。
 こうやって隣に座れば、彼が大きくなったのがわかる。
「引馬くん、大きくなったよね」
「そうかな」
「そうだよ。昔はとても小さくて、いつもここで泣いていたじゃないか」
「三十年以上も前だよ、それ」
 ははは、と引馬くんは笑う。
「駅員さんから見たら、先日のことかもしれないけどね」
「まあね。長いこと、ここにいるから」
「……あのさ、駅員さん」
 少し恥ずかしそうに引馬くんは言う。
「俺、好きな人ができたっぽい。でも、その人には娘がいて。お腹には息子がいる。俺はその人や子供たちを守って、幸せに暮らしたいんだ」
「おおー。それは良いんじゃないのかな? 何か問題でも?」
「んっと、何かさ。俺、目ぇ良くないし。最近、どんどん見えなくなってきたしさ。色もわからないし。左右で色とか違うしさ。こんなのが一緒にいて良いのかな、とか。やっぱり、グダグダ考えちまうんだ」
「……全く、君という人は」
 僕は引馬くんの頭を少し乱暴に撫でる。
「グダグダしたって、答えは出ているんだろうが。好きだな、て思ったら言うんだろ? 愛矩(あかね)ちゃんのときみたいに、後悔したくないんでしょうが」
「っ」
「だったら、言いなよ。それに、人は死んだら何もできないんだから」
「駅員さんが言うと、とても説得力があるな」
 引馬くんは笑って、立ち上がる。
「ありがと。やっぱ、駅員さんと話せて良かった」
「どういたしまして」
 僕が笑うと、引馬くんは町の方に歩いて行った。

「『廻り巡って、圍(めぐる)町。神に委ね、時止めて』だっけ」
 友人がたまに歌うどこかの唄。
 この町の唄であり、この町の正体。
 たとえ正体を暴かれても、この町は変わらない。
 変わらずここにあり、変わらずどこにもない。
 百年以上もいれば、何となくわかる。
「ま、お陰でこうしていられるんだけどねぇ」
 と呟いて、抹茶を啜る。
 すると、また誰かが僕を呼ぶ。
 僕は返事をして、仕事をする。
 人を幻想から現実の時間へ連れていく仕事を。

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

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