『暖炉~思ひ出~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト50



『暖炉~思ひ出~』

 僕の母方の祖父母の家には暖炉があった。
 その前には、揺り椅子があり、僕はよくそこで寝ていた。
 祖父はそんな僕に優しく布団を被せ、祖母は燃えないように暖炉から揺り椅子を少し離した。
 目を覚ますと、いつも暖炉の火は消えており、僕が申し訳なさそうにすると、祖父母は笑って「構わんよ」と言った。
 少ししてから、父が「お義父さん、お義母さん」と薪を持ってきて、暖炉の中に放り、火をつける。
「お、優(ゆう)。目を覚ましたのか」
「おはよ、父ちゃん」
「おはよ、かっわいい息子」
 父は笑い、寝起きの僕の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「もう、本当に可愛い」
「やめてよ、父さん」
「ああ、悪い悪い」
「二回言ってるよ。嘘じゃん」
「ははは」
 父は笑い、優しく僕の頭を撫でると「ごめんって」と言い、台所にいる母の元へ向かった。
 台所では、母がご飯の支度をしている。
 この頃はまだ、多くはないけどご飯は食べれた。
 今は普通のご飯は食べれないけど。
 味は忘れたわけではない。
 とてつもなく美味しかった。
 母の手料理は、一般的には美味しくないかもしれないけれど、僕にとっては美味しいものだった。
 揺り椅子の上で、ぼんやりと両親を見ていると、祖母が「優」と僕に話しかける。
「優は、お父さんとお母さん好き?」
「うん」
「そう。それは良いことだ」
「祖母ちゃんのことも、祖父ちゃんのことも好きだよ」
「っ! そうか、祖母ちゃん嬉しいよ。きっと祖父ちゃんも嬉しいよ」
「うん」
 と頷くと、母が皿を食卓に置き「ご飯だよ~」と言った。
 僕は揺り椅子から降りて、祖母と一緒に食卓に着く。
「いただきます!」
「いただかれまーす」
 と父は言い、母は「召し上がれぃ!」と言った。
 少し会話をしながらご飯を食べた。
 会話の内容は何てことはない。
 学校であったあれこれを僕が話し、皆は相槌を打った。
 そうこうしながら、食べ終わり、僕は中庭に向かった。
 秋から冬に。
 枯れ葉がハラリハラリと落ちる頃だったから、ほんの少し寒かった(とはあまり感じないけれど、周りが寒いというからそうなんだな、と思った)けど。
 中庭にある楓と銀杏が綺麗で、それを眺めていたくて。
 縁側に腰を掛けていると、母が「お隣良いかしら」と腰を掛ける。
「ここでね、よくお祖母ちゃんと見ていたの」
「そうなの?」
「うん。こうやってね」
 と、母は僕を膝の上に乗せる。
「優はいつかおっきくなるからね。大丈夫だよ」
「? うん」
 ハラリハラリと落ちる葉は、手が届きそうで届かなくて。
 僕は一所懸命に伸ばしながら、母の話に相槌を打つ。
 母はそっと手を伸ばし、落ちてきた赤く色付いた楓を僕に渡す。
「ほれ」
「ありがと」
「ん。ま、母ちゃんもね、よく取ってもらったから」
「そうなんだ」
「……優、寒くなってきたから、暖炉のところに戻ろっか」
「うーん。銀杏も取る」
「母ちゃん、取ったる」
 母はそう言い、落ちてきた黄色く色付いた銀杏を僕に渡す。
「ほれ」
「ありがと。でも、今度は僕が取るよ」
「取れるかな?」
「うん。だって、僕は大きくなるんでしょ?」
「っ、そうね」
 母は何か言いかけ、誤魔化すように笑う。
 そして、僕を下ろして手を繋いで暖炉のある部屋に戻った。

 仕事が一段落つき、僕は久しぶりに実家に帰った。
 その際、両親と共にそれぞれの祖父母の家に行くことになった。
 昨日は父方の、そして今日は母方の。
 久しぶりに見た祖父母はうんと小さくなっていて、僕は思わず笑った。
 祖母は「おっきくなったねえ」と笑ったが、祖父は「抜かされるとは思わんかったわ」とつんっとした態度を取った。でも、すぐに「嬉しいぞ」と笑った。
 僕は何となく嬉しくて「まあね」と言い、あの暖炉のある部屋に向かった。
 暖炉の前には揺り椅子が変わらずある。
 そこに腰を掛け、揺らしながら「昔からさ」と僕は呟くように言う。
「ここが僕の特等席だったんだ」
「そうだね」
 と、父は懐かしそうに言う。
「お前はすぐにそこに腰を掛けて、揺らしながら寝てさ。危ないから火を遠ざけたりしたんだよ」
「それをしたのは祖父ちゃん祖母ちゃんでしょ? 父さん」
「あ、俺がしたことにしようと思ったのに」
「そんなんだから、母さんにいつも叱られるんじゃない?」
「咲那恵(さなえ)に叱られるのは、俺が叱られにいってるからであり…」
「父さん、何を言ってるん?」
 全く、とため息を吐くと、祖父母がふふっと笑っていた。
 何だろう、と見ると祖父が「いやさ」と言う。
「大きくなっても、優は優だなあ、と」
「? ま、僕は僕だよ」
「うん。てかさ、この暖炉ってまだ使ってるんだね」
「普段はもう使わないよ」
「え、なら何で?」
「優が好きだったからさ、これ」
 特別につけたんだよ、と祖父は言い、祖母は笑う。
「何言ってるの、あなた。ちょくちょくつけてるじゃない。『優が好きだったなあ』て」
「……そう」
 ああ、もう。
 お前ら全員、僕のことが大好きかよ!
 と、突っ込みそうになったけど、その台詞は飲み込んで、僕は揺り椅子を揺らす。
「楓と銀杏は、まだある?」
「あるよ。優のお気に入りだもんね」
「……何か、幸せすぎるかも」
 僕は呟き、揺り椅子から降りる。
「全く、みんな僕のこと好きすぎない?」
「当たり前じゃん」
 と、母は言う。
「お前は大事で大切な可愛い佐々塚(ささづか)家、陌間(はざま)家、両家の家宝なんだから」
「馬鹿じゃないの?」
 照れ隠しでそう言い、僕は中庭に向かう。
 中庭には、楓と銀杏があの頃のままあった。
 縁側に腰を掛け、手を伸ばすと落ちてくる葉を手にすることができた。
 それが嬉しくて、小さく笑って眺めていると。
 居間の方から、母の「ご飯だよ~」という声が聞こえた。
 あの頃のように、ご飯を食べることはできなくても。
 両親がいて、祖父母がいて、近くに暖炉がある、あの温かい空間にいたくて。
「今行くー」
 と、僕は返事をして、居間に向かった。
――今度は、大好きな文弘と一緒に来よう。
 そして、大切な人だ、と紹介しよう。

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

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