『サンタクロース~夢運び~』
小さな頃――幼稚園児くらいの頃に、一度。
母に怒られたことがある。
生まれて初めて、怒られた。
もう、俺は三十を少し過ぎているというのに。
いまだに、それだけは覚えている。
――サンタクロースは、夢を運ぶ仕事なんだよ――
――それをバカにするなんて――
――そんな最低な子どもに育てた覚えはない――
――出ていけ。二度と帰ってくるな――
そう言われて、家の外に出された。
当時は、訳がわからなくて、一晩中泣いて謝罪した。
その時、ナンパから帰ってきた父が、俺に話を聞いて、母が怒った理由を話してくれた。
――たとえ、嘘だとしても――
――それはね、とても大切なものなんだよ――
――お前も、親になればわかるものさ――
やっぱり、意味がわからなかった。
けど、今はわかる。
俺も、二児の父。
あの時のことが、今、やっとわかる。
「ねえ、お父ちゃん!」
と、娘の哉恵が俺の膝を叩く。
若干痛い。
痛いのを我慢しながら「ん?」と聞く。
「どうした? 哉恵(かなえ)」
「サンタクロースって、いないんでしょお? ほいくえんのお友だち、言ってた!!」
「……哉恵。サンタクロースは、夢を運ぶ仕事している人でね、ちゃんといるんだよ」
「うそだあ~。だって、それって、お父ちゃんとかお母ちゃんとかでしょ?」
「バカ野郎。いるんだよ。マジ、大事な仕事してる。すごい人をバカにするような最低な子どもに育てた覚えはねえよ」
出ていけ、と強く言うと、哉恵は驚いて泣いて、玄関の外に出ていった。
――お前、俺に似てるなあ。
と、思っていると、娘の靖愁(しずか)が怒りながら俺を叩く。
「ねえ、かなえないてる!!」
「お父ちゃん、悪くないからね。哉恵が悪いんだよ」
「悪くないもん!! かなえ、悪くないもん!! お父ちゃんなんか、だいっきらい!!!」
と、靖愁は泣きながら玄関の外に出ていった。
パタンッと扉の閉まる音を聞いて、ため息を吐き出す。
――いつか、わかるよ。
と、思いながら、部屋の天井を見ていると、妻の恵美(めぐみ)が俺のところに来る。
「ね、井村(いむら)先生。ちびたち泣いてるんだけど」
「恵美ちゃん。まず、呼び方直さない? てか、あれはあいつらが悪いんだよ。サンタクロースをバカにしやがって」
「いやいや、だとしてもさ。言い過ぎでしょ。出ていけ、なんて。それと、呼び方はごめんなさい。慣れよ、慣れ。靖弘(やすひろ)さん」
「そのくらい強く言わないとダメなんだよ。いつかわかるさ。俺が、わかったようにね」
と、言って俺は隣に座る恵美を見る。
「サンタクロースは、夢を運ぶんだよ。存在がいる、ていうだけで子どもたちはどんな者なのか、正体を知ろうと頑張るだろ? そういうのって大切なんだよ。想像力ってやつかな」
「そんなの、サンタクロース以外にもできるでしょ?」
「そうかな? 今は、なんでもできる時代だよ。気になりゃ、すぐに答えが出てくる。答えがないのは、国語くらいさ」
だから、大切なんだよ。
想像力は、生きるのに。
「そのうち、気づくときはあるだろうね。それは、存在しない。嘘なんだ、と。でも、どんなものなのか、て想像していた時間は、無駄ではないだろ?」
「そうかしら」
「まあ、これは俺の意見なだけで、世の中は知らないけどな。そういう意味で、サンタクロースは夢を運ぶんだよ」
おじいさんなのか。
おばあさんなのか。
はたまた美しい女なのか、なんてね。
「さて、娘たちがいない間に、今年のサンタクロースはどうするか決めようか」
「そうね。でも、この寒空の下で、泣きながら外にいる娘たちの方が心配じゃない?」
医者として、と恵美はいたずらっ子のように笑った。
それを見て、俺は小さく笑う。
「たしかに、虐待を疑われたら困るなあ。なんて」
「バカ言ってないで、娘たちを迎えに行きな。バカ主人」
「はいよ」
と、俺は笑って玄関の扉を開く。
「ほら、中に入りな。お父ちゃんが怒ったのは、そのうちわかるから。それまで、何で怒ったかを想像してるんだな。双子ちゃんたち」
「「そうぞうってなに?」」
と、哉恵と靖愁は俺を見ながら、家に入る。
「「よくわかんないんだけど」」
「ま、四歳のお前らにはわかんないだろうな」
「おしえてよ、お父ちゃん」
と、靖愁は言った。
哉恵は小さく頷いた。
俺は二人の頭を撫でながら「それはね」と言う。
「どういうことかな、て考えることだよ。お父ちゃん、何を怒ってるの? て、考えたりね。そういうの、大事だから。生きてく上で」
「「?」」
「ま、お母ちゃんに聞いてみな」
「「うん!!」」
と、二人は頷いて恵美のところに走った。
それを見ながら、俺は笑う。
――お母ちゃん。お父ちゃん。
と、両親のことを思いながら呟く。
――親ってのは、大変だな。
-緑川凛太郎−
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