『カップ麺〜底にある〜』
散乱した空いたカップ麺。
賞味期限が四年前のもの。
これは、もう片付けられないとかいう話ではない。
「よーしーかーずーくーんー?」
と、僕は旦那の由一(よしかず)を睨み付ける。
「君、なんで部屋が汚いの? てか、このカップ麺の量何? たしかに、僕は車イスだから、調理場には立てないよ? けどね、料理しているじゃん」
「えっと~。これは、そのですね。理緒(りお)くん。アートだよ、アート」
「へえ? この! ゴミが!! アート!!!」
「イエス」
あはは、とひきつった笑いをする由一。
僕が普通の身体なら、思いっきり殴っている。
「由一。片付けをしろ。良いか? ちゃんと、ごみ捨てるんだぞ?」
「ごみじゃないって!!! ちゃんとした芸術作品なの!!!」
「うるせえ!!! くそがき!!! おどれ、黙ってきいとりゃ、ええ加減にせえよ!? 毎日、毎日、何してるんか、思ったら、ごみ溜めよってからに!! 離婚じゃ、ボケ!!!!! したくなきゃ、すべて捨てろ!!!! さもなきゃ、本当にてめえを捨ててやらあ!!!」
「待って、理緒!! まず、お前は黙っていないぞ!! ずっと話しているぞ!!! 訂正するべきではないか!!!」
「黙りよし!!!」
「もうなんの方言か、わからないよ!?」
と、由一は言った。
知らん、と僕は言って部屋を出る。
――ったく、あのバカ。
と、僕は玄関を出て、外に行く。
「ほんと、嫌になる」
と、呟くと「あれ?」と後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには平沢さん夫婦がいた。
「あれ、夫婦仲良くお出掛けですか?」
と、僕が言うと、悠生さんが嬉しそうに笑う。
「そうだよ。やっと、休みが重なってね。三ヶ月ぶりのデートだ。てか、由一は?」
「あー。あのごみ人間は、掃除しています。己を」
「いや、何があったの?」
「……そのですね。あの人、なぜかカップ麺のごみを溜めていて」
「あー。遺伝か」
と、悠生さんは笑う。
「すごいな、遺伝」
「え? 悠ちゃん、どういうこと?」
「里陽(りょう)ちゃん、きぃくん知らねえか」
「ん? あ、えっと。従兄弟でしょ? キヨシさん、だっけ?」
「そうそう。きぃくんね、彼女のために、とかなんとか言って、ごみで何かプレゼント作ろうとしていたんだよ」
「え、すごい発想だね。キヨシさん」
「そう、すごいんだよ」
と、悠生さんは笑った。
キヨシさん、か。
キヨシさんとは、由一の父親のこと。
今は、もう死んじゃっているけど。
由一にかなり似ているらしい。
見た目とか、不器用なところとか。
――もしかして、由一。
と、僕は小さく呟く。
「由一、キヨシさんがやったことを、僕にしようとしているんですかね」
「さあね。それは、あいつにしかわからんよ。けど、可能性は高いよ」
「そっか。でも、だとしても、なんか、嫌です」
「まあ、それは俺に言っても仕方がねえよ。理緒」
「そうですね。そうかもしれない」
由一のこと、心配だしな。
そろそろ帰ろう。
「えっと、デートのお邪魔をして、すみませんでした。僕、帰りますね」
「おう。気を付けろよ」
「はい!!」
と、僕は家に帰って、部屋に入る。
「由一、片付いた?」
「あ、えっと。理緒、そのー」
と、由一は笑う。
由一の手には、空いたカップ麺。
そして、セメダイン。
「片付けようとしているんだよお?」
「……セメダイン、いる?」
「いるいる!! めっちゃ、いる!!」
「ねえ、なんで、ガンダム的なものがいるの? 何? あんた、カップ麺で、ガンダム作ろうとしているの? バカなの? 一旦滅びな」
「いやあ、そのー。あっはっはっはっは……は、は、……は」
「何、笑てるん? 本気で、あんた、殺すぞ?」
少しでも期待した僕がバカだった。
由一が、バカなのを忘れていた。
「由一!!!! 片せ!!!!!!」
「待って!!! ガンダム!!! ∀ガンダム作らせて!!!」
「黙れ!!!! この、アンポンタン!!!!」
ある晴れた昼下がり。
小さな田舎町に、僕の怒鳴り声が響き渡った。
-緑川凛太郎−
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