『初雪〜雪路〜』
初雪は、例年よりも少し遅くて、僕は少し驚いた。
――降るなんて、知らなかった。
今年は暖冬だと決めつけてしまい、そんなに冬の支度はしていなかった。コートも少し薄手のもので、手袋もしていない。
これだと、さすがに寒い。
そう思っていると、隣にいる少し背の低い彼女が「ねえ」と僕を見上げる。
「奈穂(なほ)。初雪だね」
「そうだね」
「……初デートで初雪なんて、なんだか、運命感じる」
「そうだね」
そんなことねえよ。
と、心の中で呟いて、彼女から目を放し、前を見る。
「そろそろバレンタインデーだね。どこか行く?」
「うん! 一緒に、スイーツパラダイスに行こうよ!! 隣町の新しくできたカフェテリア。そこにスイーツパラダイスがあるんだって。そこのスイーツは他のものとは違って、見た目はきれいだし。味も絶品なんだってさ!! あたし、楽しみ!! ね!!」
「そうなんだ。僕、あまりそういうの知らないからさ。君が知っていると、とてもありがたいな。ありがとう。じゃあ、そこに行こうか。そして、そこで少し今後の話をしようか」
「うん! て、え? 今後の話?」
「ん? 僕、君とは学生恋愛だけで終わらせよう、て思っていないんだけど。やっぱり、重いかな? だったら、今のうちに――」
と、僕が言いかけると、彼女は食いぎみに言う。
「そんなことないよ!」
「そう、かな。そう言ってくれて、嬉しいよ。ずっと、重いって振られちゃってさ。君が初めてだ」
なんて。
これで何度目だろう。この台詞。
こういうの信じるなんて、バカだよな。
本当、見ていてヘドが出る。
優しい声で。
甘い言葉でも言えば、すぐに騙されて。
つまんないの。女って。
「奈穂くん」
と、彼女は僕に言う。
「私、重いなんて感じないよ! だって、それほど私のこと好きだってことでしょ? 嬉しいよ!!」
「わかってくれて、ありがたいな。好きだよ」
嘘。嫌いだよ。
お前みたいな女は。
大体名前なんて、知らないし。
見た目もブスだし。
女の間で可愛いって言われて、調子に乗りやがって。
僕に釣り合うとでも、思っているのかな。
まあ、そんなブスなやつにも、接することができる僕って、すごいよな。
自分で自分を褒め称えたい。
て、あんまり思っていると、声に出ちゃうから気を付けよう。
「あ、そろそろ時間平気? 親御さん、心配していない?」
「あ、本当だ。ミナ、帰らないと。じゃあね! 奈穂くん!!」
「うん、またね」
と、僕は笑って彼女を改札口で見送った。
――マジ、疲れる。
と、ため息を吐き出して、彼女が触れたところを払って、電話をする。
「もしもし、千歳(ちとせ)? 元気にしてる?」
『奈穂? 奈穂なの? ねえ!! 元気にしてるよお? 良い子に待ってたよ。僕!!』
「へえ。さすが、千歳。大好きだよ、愛してる」
千歳は、僕の幼馴染みの男の子。
両親がいなくて、天涯孤独な彼の面倒を僕が見ている。
まあ、元々いたんだけどさ。彼に両親は。
でも、あまりにもひどい両親で。
千歳は、両親を殺した。
本人は、覚えていないけど。
「ねえ、来週のバレンタインデーどうする? 一緒に過ごそうか」
『うん!! ねえ、今、どこにいるの? ねえ、新しい彼女、どんな子?』
「とても気持ちが悪いよ。まだ全然なのに、下の名前にくん付けだよ? ヘドが出るよ」
『へえ、そんな不快な気持ちにさせるやつなんて、許せないな。ねえ、どこにいるの?』
「駅前。今さっき、改札口で別れたんだよ。やっとね」
と、僕が言うと、千歳は『ありがとう』と呟いて電話を切った。
このあとのことはわかっている。
だから、僕は言った。
――残念、彼女。
僕は、君と一緒に過ごす予定なんて全くない。
と、小さく笑って、家に向かって歩く。
少しすると、後ろから千歳がコートを僕に被せる。
「ごめん、遅れたよね。けど、僕は悪くないよ?」
「うん。平気。てか、温かいな、これ」
「そりゃそうだよ」
千歳はニコッと笑う。
「寒いだろうな、て思ったからね」
「さすがだよ、千歳」
「えへへ、そんな言われるとは思わなかった。風邪引いたら大変だもんね」
「うん」
ところで、と僕は血だらけの千歳を見る。
「それ、どうしたの?」
「ああ、さっきね。転んじゃってさ」
「まあ、雪降ってるからね。気をつけなよ?」
「ありがとう。奈穂は優しいね」
「そりゃ、お前のことだけを愛しているから」
と、僕と千歳は一緒に家に向かう。
「ねえ、千歳」
「ん?」
「好きな人と一緒にいるときに、初雪なんてさ、すごくロマンチックだよね」
「……うん、そうだね。僕もそう思うよ」
ほんと、嫌になるくらい。
千歳、可愛くて大好き。
――初雪の日の不幸なニュースです――
――昨日、川宮(かわのみや)駅にて――
――十六歳の少女が、電車に飛び降りました――
――そして、少女と思われる死体が――
――今朝川宮駅から徒歩十分ほどの林で発見されました――
――死体は、何十回もの刺された痕跡があり――
――警察は、少女に恨みのある人物の犯行と思い捜査をしています――
−緑川凛太郎−
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