『床屋〜截断〜』
髪は女の命と云う。
私は男だから、それはよく知らないけれど、女であるシャルがそう言うのできっとそうなのだろう。
なら、女は髪を切ったら死ぬのか、と訊いたらシャルは不思議そうに私を見る。
「何を言っているじゃん? 心臓とか止まったら、死ぬに決まっているじゃん。髪を切ったくらいで死にはしないじゃん?」
「そうですね。変なことを聞いてしまいました」
ところで、と私はシャルの髪を指で鋤きながら言う。
「おチビちゃん、そろそろ髪を切りますか」
「チビって言うなじゃんっ! ま、その、よろしくじゃん。ばっさりいって良いじゃん」
「ええ、では」
ツインテールをほどき、櫛で解かす。
すう、と通る髪は綺麗だった。
「ねえ、セルダローム」
シャルが、まっすぐ前を見ながら話しかける。
「ここの《とこや》て、セルダロームのじゃん?」
「いえ。空いているので、借りてますよ。勝手に」
「え、それダメじゃん!」
「良いんですよ。別に」
そう言うと、シャルは「ダメじゃん」と小さく言う。
「てか、その、セルダロームは《美容師》じゃん?」
「いいえ。でも、髪は普通に切れますよ」
そう言って、切り始める。
「女性の散髪は慣れています。ツインテールはできるような長さにしますか?」
「うん。ツインテールしないと、あたしって感じがしないじゃん」
「確かに」
私は笑って、髪を切る。
「不思議ですよね。人は」
「え?」
「思いを断ち切る、そういうことで切る人がいます。髪を切って、断ち切れるものなのでしょうか」
「わかんないじゃん」
「まあ、おチビちゃんにはわかりませんよね」
「あたしじゃなくても、わからないじゃん」
「ふむ」
大体は切って、後は揃える。
十は切ったな。大体。
「そういうものなんですかね」
「そうじゃん?」
「ふむ」
綺麗に揃えて、ドライヤーで軽く乾かす。
長かったときも可愛らしくて素敵だったが、切ったら切ったでまた可愛らしくなった。
女性というのは不思議なものだ。
化粧や髪型で、美しくなる。
「さて、終わりましたよ。お嬢様?」
「その言い方、やめてじゃん」
「クフハハハ」
「んもう、バカにしやがってじゃん」
シャルはぴょんっと椅子から降りる。
「セルダロームは切らないじゃん?」
「ああ、私は切りませんよ」
「でも、うっとーしーじゃん? そんな長くて」
「良いんです。それに、髪を切るって、思いを断ち切るんでしょ?」
「まあ、うん」
「尚更、私は切りません。忘れたくない――断ち切りたくない思いがありますから」
ニコッと笑うと、シャルは小首を傾げる。
「ふーん」
「安心してください。昔の女とかではありませんから」
私が断ち切りたくないのは父親のことだ。
父親のせいで、母親は死んだ。
私がこんなに苦しむのは、父親のせい。
なら、それを断ち切れば楽になるのか、と言われるとそうではない。
今、どこにいるかわからない奴を見つけ出し、問い質して殺す。
「復讐の思いは断ち切りたくないものですよ」
特に、それが身内だと。
余計そうだ。
シャル、君はそれを知らないまま生きていけるだろう。
知らないなら、知らないままが良い。
復讐なんてものはね。
-緑川凛太郎-
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