『森~秘密の友達~』
「母様、それでは行ってきますね!」
息子の文人(あやと)は、妻にそう言って俺の手を引く。
「父様! 早く行かないと、みんな、どこかに行ってしまいます!!」
「はいはい」
文人に引かれて、俺は家の裏にある森の方へ歩いて行った。
俺の住む町は、田舎である。
海と山と森がある。
山と森は、似たようなものだがな。
まあ、そんなことは置いておいてだ。
文人は、俺と妻の間のたった一人の子どもだ。
髪はサラサラしていて、綺麗な黒髪。
その黒髪は背中まであり、見た目は女性だ。
――全く、飽きたりしないよな。
森で、昆虫採集に勤しむ文人を見て、小さく笑う。
「文人、あまり奥に行くなよ? こわーい、お化けが出ちゃうぞ~」
「そんなことないですっ! 出ても、父様がやっつけちゃうんだから!!」
ふんっ、と言って文人は小さな手で昆虫を籠に入れていった。
しばらくして、お昼頃になり。
俺と文人は家に戻ろうとした。
が、少し迷子になってしまった。
「父様、どんどん家から離れているような気がします」
「うーん。俺もそう思う」
と言いながら、俺は文人の手を引く。
「ん、あそこに小屋が見える」
「父様、誰かの家ですか?」
「さあな。とりあえず、行ってみよう。何かわかるかもしれん」
そう言って、俺は小屋に向かって歩いた。
その小屋は、人が一人もいない。不思議な小屋だった。
とりあえず、椅子に文人を座らせ。
俺は電話か何かないか、見て回った。
すると、人ではない何か――あやかしが、俺に優しく
『貴方の家は、ここから東に十メートル進むとある。早く子を連れ、行きなさい』
と、声をかけてきた。
あやかしが、人にそう声をかけるのは珍しかったから、俺は「なぜ?」と訊く。
「あやかしが、人に優しくするなんて…」
『悪い人は苦手さ。でも、貴方は優しくて、良き人と思う。それに、あの子は私の弟の友人でもあるのさ。優しくする、というか親切にするのは当たり前だよ』
「弟……?」
『子は何も話しておらんのか? それなら結構だ。まあ、とりあえず行きなさい』
「? ああ、ありがとな」
俺は頷いて、文人の元へ戻った。
「文人」
と、声をかけようとして、俺はやめる。
文人は、誰かと話しているようだった。
あまり見せない笑顔で、楽しそうに話している。
その姿を見て、俺は安心した。
文人はあまり人付き合いが得意ではなさそうだったし。
周りも、なぜか文人に対して壁を作っている。
外から帰ってきても、つまらなさそうだった。
そんな文人が笑って会話をしている。
親として、こんなに嬉しいことはなかった。
少しして、文人が俺に気づき「またね」とその相手に笑って、俺のところに来た。
「父様っ! 何か、ありましたか!?」
「ああ、あったよ。ここから東に十メートルだそうだ」
「? おうちがですか?」
「ああ」
そう頷いて、文人の手を引いて歩いた。
帰り道、俺は気になって文人に声をかける。
「文人、友達できたのか?」
「うんっ」
「へえ。知らなかった。どんな子?」
「んーっとねえ、秘密! 秘密にしておいてって言われたので、秘密なのです!」
えへへ、と笑った文人は今まで見たどんなものよりも、可愛らしかった。
―緑川凛太郎―
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