『食堂~Aランチ~』
最悪! 弁当を忘れた!
俺は頭を抱え、所持金を確認する。
持っているのは、三千円。
帰りに趣味で集めている漫画の新刊と、小説の新刊を買うために持ってきた。
――漫画は予約しているから、明日で良いだろう。
だが、問題は小説。
なかなか続刊が出ず、俺はかなり待っていた。
「小説は、通常と限定。会わして、二千五百円。だから、五百円以内の物を買おう」
俺はそう言って、初めて学食に行った。
∬
この学校に学食があることを知ったのは昨日。
三つ上の川原(かわはら)さんが教えてくれたのだ。
川原さんは、何かと俺に優しくしてくれる良き先輩。
同じ理科教師ということもあり、話もよく合う。
「ったく、学食なんて知るかよ」
と、呟いて券売機の前に立つ。
「えっと、Aランチ?」
なんだそれは。
セットというものか?
マジで意味がわからん。
てか、買い方がわからない。
「殴れば出てくるかな」
そう言って、券売機に殴りかかると「佐野(さの)さん」と呼ばれた。
振り返ると、そこには川原さんがいた。
「あ、どうも」
と、挨拶をすると川原さんは笑って券売機を操作した。
そして、食券を俺に渡す。
「Aランチは、安くて早くて美味いよ」
「へえ」
「てか、券売機を殴って食券を出そうなんて、初めて見たわ」
「そうですかね」
俺はそう言いながら食券を購買部に渡し、Aランチをもらう。
Aランチの内容は和食。
白飯、味噌汁(アサリ)、サンマの塩焼き、お新香。
普通に美味しそうだった。
川原さんもAランチを買い、俺の隣に座った。
「川原さんって、いつも学食?」
そう訊くと、川原さんは笑って「まあね」と言う。
「妹が作ろうとはしているんだが、あいつは不器用だからね。包丁なんて渡せんのよ」
「へえ。妹さんがいるんですね」
「まあね」
「うちは、弟がいるんですけど。俺がいつも弁当作るんですよ」
「へえ。それはまたなんで?」
「母は家事がとても苦手なんです。包丁を使わずに、手で切ろうとしますし……」
「手刀?」
「ええ」
母は、というか俺の両親は元ヤンである。
そう言う俺も、弟も元ヤンだったりする。
口よりも手が先に出る、そんな家族だ。
――周りからは、かなり恐れられているがな。
はあ、とため息を吐くと、川原さんが小さく吹き出して「良いね」と笑って、俺を見る。
「とても楽しそうだ」
「え? あ、うん」
川原さんの笑顔を見て。
――可愛いな、この人。
と思い、少しだけドキッとしたのは気のせいだろう。
俺はそう思って、十分遅れで授業をしに三年六組の教室に入った。
―緑川凛太郎―
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