『キャンプ~夏の夜~』
高校生の時に、恋をした男の子の話をしよう。
彼は、同い年だけど大人っぽくて。
しっかり者で、紳士的な人。
目が悪いらしくて、学校に許可を得てサングラスをしている。
チラリと見たことがあるけど、彼の目は左右で色が異なっていた。
最初は気持ち悪い、て思ったけど。でも、綺麗だったな、と思った。
全然見せてくれないし、何だか嫌そうだし。
嫌なことはしてはいけないって、母が話していたからな。
私は彼の目には、あまり突っ込んだりしないようにしようと決めた。
彼には、同い年の従兄弟がいる。
それが、もう彼と双子のように同じで。
似ているとかじゃなくて、本当に同じ。
従兄弟の方は、人気者で。
女子も男子も、彼を慕っていた。
まあ、私はそんなにではなかったけど。
私は彼の方が素晴らしいと思っていたし、今でも思う。
私と彼は、天文部に所属していた。
彼は一年しかいなかったけど。
あ、別に私とか虐めたわけじゃない!
運動とか、得意だったからね。彼は。
そっちに引き抜かれたの。
その天文部で、夏にキャンプがあった。
私はキャンプが初めてだったし、女子が私しかいないっていうのも初めてだった。
テントは男女別で、て部長が言って。
私は一人、テントにいた。
男子は男子で、遊ぶらしく。
私も混ざりたかったけど、何だかダメみたいで。
正直、もうキャンプなんて行きたくないし、つまらないって思った。
でも。
でもさ。
そのとき、彼が「大丈夫?」て声をかけてくれたんだ。
彼、男子のところから離れて。
私が心配で、来てくれたみたいでさ。
とても嬉しかった。
「・・・引馬(ひくま)くんは、男子の方にいなくて良いの?」
「良いよ。沼津(ぬまづ)さん、一人っていうのが心配だしね」
「・・・ありがと」
「礼を言うようなことじゃないさ。好きな女の子が、一人になったらチャンスって思うのも、男だしな」
ニコッと彼――引馬佑司(ゆうじ)くんは、笑った。
「え、好きな女の子?」
私は驚いて、引馬くんを見る。
「わ、私。馬鹿力のゴリラ女だけど!? ブスだし、性格悪いよ!?」
「奇遇だな、俺も馬鹿力だし、ゴリラだ。ブスだし、性格悪いよ」
「そんなことないよ! 引馬くん、優しいよ! みんなが帰ったあと、掃除とかして。壊れた机直したり、破れたカーテン直したり。性格悪かったりしたら、そんなのしないって! あと、引馬くんはカッコいいよ!!!」
私が必死になって、引馬くんに言うと。
彼はクスッと笑って、私を見る。
「俺のことをそういう風に見て、話してくれる女の子が性格悪いわけないよ。あと、沼津さんは下の名前の麗子(れいこ)の通り、綺麗な人だよ」
「え・・・」
「沼津さん、もっと自信持ちなよ。君は、とても美しい人だ」
引馬くんは私にそう言うと、私のテントから出ていった。
ほんの少し、火照って。
ドキドキする胸を押さえながら。
私は、小さく笑う。
(ああ、好きだな)
引馬くんは、やはり優しくてかっこよくて良い人だ。
「好きって、こういうことかな」
と、呟いたあと。
引馬くんが、私のテントに戻ってきた。
「沼津さん、あのさ」
引馬くんは、少し緊張したような感じで言う。
「誕生日、おめでとう」
「え?」
「八月八日。君の誕生日だろ?」
「う、うん」
「迷惑じゃなかったら、受け取ってほしい」
引馬くんはそう言って、私に小包を渡す。
「女の子が、何が好きとかわからなくってさ。でも、君は星が好きだろうから」
「うん。好き、だよ」
「俺なりに選んでみた」
「開けて見ても良い?」
「ああ、勿論。てか、うざいよな。いや、もう変態かよって自分でも思う」
「・・・そんなことない」
私は小包の中を見た。
そこには、小さな星の集まりの髪飾りがあった。
「綺麗・・・」
「・・・うん」
「これ、何て言う星?」
「ミアプラキドゥス。八月八日の誕生星」
「・・・よく、こんなのあったね。てか、女の子にここまでする?」
「あ、嫌だったら捨てて!」
「ううん。嫌じゃないよ」
だって、と私は引馬くんを見て、ニコッと笑う。
「好きな男の子から貰ったんだよ? どんなものでも、女の子は喜んじゃうんだから」
「・・・え?」
「引馬くん、あのさ――」
私が言いかけると、引馬くんは慌てて「ストップ!」と言う。
「俺から良いですか」
「勿論っ」
「好きです。初めて会ったときから、一目惚れでした。もし、こんな俺で良かったら付き合ってくれませんか?」
「ええ、勿論です!」
私は笑って、引馬くんを抱きしめた。
引馬くんは慌てていたけど、優しく私を抱きしめてくれた。
彼の手は大きくて、優しくて。
(ああ、好きだ)
て、心の底から思った。
結局、引馬くんとは一年半付き合った。
私が親の仕事の都合で、引っ越すことになったから。
っていうのは、表向きで。
引馬くんには知られたけど、私は高校一年生の頃からずっとギターの弾き語りを路上でやっていた。引っ越すのは、その前に名前を少しだけ知っている事務所の人が、私をスカウトしたから。
引馬くんには、その事を相談した。
私は彼も一緒に、と思って言ったら。
「凄いね! 麗子の歌は好きだしさ。東京でも、やっていけると思うよ」
と、言って、彼は私の背中を押した。
応援している、と。
「俺はここにいる。ここで、君が成功したり失敗したりして、戻ってくるのを待ってるよ」
「佑司・・・」
「麗子、本当は君の傍にいて、君を応援したいけどさ。君、一人で掴んだチャンスだ。一人でチャレンジしてみてほしい」
「・・・うん」
その言葉が、彼らしくて。
彼の本音みたいで。
一緒に行こう、て言えなくて。
高校三年生になる頃。
私は一人、東京に行った。
結果は、うまくいった。
プロとして、舞台に立って。
今は旦那と二人の娘に囲まれて。
私は幸せに暮らしている。
引馬くんとは、たまに連絡をしている。
旦那と引馬くんは、学生時代の友人らしくて。
引馬くんとの連絡なら、別に良いという。
たまに彼は遊びに来て、娘の面倒を見てくれた。
今は長女は成人してるし、次女は今年成人する。
二人も引馬くんのことが好きらしい。
――ああ、全く。
私は引馬くんのことを思いながら、呟く。
「特別だな、あなたは」
―緑川凛太郎―
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