『望遠鏡~満天の星~』
「引馬(ひくま)さんの家ってさ。望遠鏡あるよね」
神呪(かみの)さんがポツリと言った。
俺は驚いて、彼を見る。
「え、は?」
「いやいや、あるじゃないですか。実家の方に」
「あるけどさ、何で知ってるの」
「見たことがあるから?」
「……君、不法侵入だよね。それ」
「何を仰るか、平沢(ひらさわ)先生に許可得たわ」
「あの野郎……」
平沢先生とは、俺の従兄弟である。
双子レベルで、俺らは似てるし。生年月日と血液型が同じ。
生まれた時間も同じだったりする。
「まあ、あるけどさ。どうかした? 望遠鏡いる?」
「いや、何であるのかなあ、と」
「はあ…」
「引馬さんが好きな歌手と関係あるのかなあ、と」
「……面白くも何ともないぞ。マジで」
俺はため息を吐いて、二十年以上も昔の話をすることにした。
簡単に言うと、俺の初恋で。
初めて付き合った彼女の話だ。
彼女の名前は沼津麗子(ぬまづれいこ)。
名前の通り綺麗な子で、優しい人だ。
歌が上手く、ギターも上手かった。
彼女の存在は、高校に入る前。
楽器屋で見かけて、一目惚れした。
白い肌とか、綺麗な黒髪とか。
日本人形のような、綺麗な感じ。
まあ、俺は白黒にしか見えないから実際はわからないけれど。
でも、美人だと思った。
高校は、たまたま同じだった。
クラスも同じで、部活も同じだった。
というか、彼女が星が好きなのを知って、近づきたいな、と思い(変態かよ)天文部に入部した。
星は、全くわからなかったが。彼女と話をするために、勉強をしてみた。
一年生は、俺と彼女しかいなかったのが、ラッキーだった。
夏に、キャンプがあり。
テントは男女別ということになった。
俺は先輩の方にいたけど、彼女のことが気になり。
途中で抜けて、彼女に声をかけた。
彼女は嬉しそうに笑って、それから少し話をした。
チラリと時計を確認すると、もうすぐ日が変わるってとこだった。
俺は話を一旦やめ、自分のテントに戻った。
我ながら、どうかと思うが。
彼女に誕生日プレゼントを用意していた。
受け取ってもらえなくても、正直構わなかった。
結果を言うと、受け取ってもらえたし。
告白もうまくいき、付き合うことになった。
告白の言葉は覚えていない。
でも、ありきたりの言葉だったと思う。使い古しの。
高校三年生になる頃。
二年の三学期だった。
彼女は、東京に行くことになった。
東京にある芸能事務所にスカウトされたらしい。
俺も一緒に、と彼女は言いたげだったけど。
俺はそれを断った。
彼女が成功し、報告する際に誰がここで聞いてあげられるのか。
彼女が失敗し、報告する際に誰がここで慰めてあげられるのか。
他にいるだろう、たくさんの人がいるだろう。
でも、俺はそれが俺でありたいと思った。
好きだったし、今でも好きだけど。
俺は彼女、一人で掴んだチャンスを。
一人でどこまでできるかチャレンジしてみてほしかった。
だから、別れを告げた。
結局、彼女は成功した。
名前はREIで。
テレビやラジオ、雑誌などでメディアにたくさん出る。
俺は彼女のライブは、最初から行っている。
MCも、五回目くらいから慣れてきたみたいで。
とっても安心した。
今は、彼女は俺の大学の友人と結婚し、娘が二人いる。
長女は、少し発達障害があり、その面倒を俺は見ていた。
次女も少しだけあるが。
まあ、二人とも今は全然平気なのだが。
「って感じかな」
話し終え、神呪さんを見ると。
彼はニヤニヤ笑い、俺を見る。
「今でも、その子とセッ*スしたい?」
「馬鹿野郎。人妻だぞ?」
「だからこそじゃない?」
「君は、最低だね」
俺はため息混じりに言う。
「俺は既婚者に興味はないの」
「えー」
「それに、俺にとって麗子は恋愛とかとは別の特別なんだよ」
「ふーん」
つまんねえの、と神呪さんは言う。
「人妻は良いと思うけど」
「AVの見すぎじゃない?」
「ちぇー」
あ、と神呪さんは俺を見る。
「んじゃあ、そのときの思い出の品が望遠鏡?」
「そう。親父に頼み込んで、彼女に話をするために買ってもらった」
「へえ」
神呪さんは頷いてから、ニコッと笑う。
「すっげえ青春って感じ」
「まあな」
だって、麗子は俺にとって初恋で、初彼女で。
青春そのものだからな。
なんてね。
―緑川凛太郎―
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