『プール~見えたもの~』白川湊太郎-ショート小説コンテスト41



『プール~見えたもの』

「おとうさん、プール!」
「わかってるよ」
「すげえ、おおきい!」
「だから、わかってるって」
息子をプールに連れてきたのは初めてだった。小学校では何度か入っていたようだが、民営の大型温水プールを目の前にした息子は大騒ぎだった。
「おとうさんみてて!」
息子が勢いよくプールの中に飛び込んだその瞬間、ピピピッ、と大きな音が笛の音が響いた。
「そこ、飛び込まないで!」
監視員の男性がすぐにこちらへ来て注意をする。だが当の本人は飛び込んだ勢いそのままで水中をスイスイと泳いでいく。そういえば息子が泳ぐ姿を初めて見た。どうやら泳ぎは得意なようだ。俺は遠くに行ってしまった息子の代わりに監視員に謝っておく。
「すみません……」
「お父さんからしっかり注意しておいてくださいね」
そう言いながら監視員は再び50m先にある元の監視台まで戻っていった。あんな離れた位置から飛び込む様子が見えていたのか、などと視野の広さに驚いていた。
「おとうさん!」
遠くに泳いで行ったはずの息子がいつのまにか私の元へと戻ってきていた。
「おとうさん、もぐって!」
「ん、なんだ?」
「いいから!」
息子に急かされながらゆっくりとプールへ入り、水の中に身体を沈める。まさか潜るとは思っていなかったので、ゴーグルを持って来ておらず目を瞑ってしまう。だんだん慣れてきてゆっくりと目を開けると……お尻があった。張りがあるお尻で、ピンクのビキニに収まりきらない部分ははみ出して露出している。
私はすぐに立ち上がってお尻の持ち主を確認した。おそらく二十歳前後だろう、顔は可愛くも不細工でもなく普通だった。水中に潜って若い女性のお尻を見ることなど、プールでしかできないだろう。息子はまだ小学生なのにこんな世界を見つけたのか……
「おとうさんみた?」
「ああ、見たぞ」
「あしがいっぱいでなんだかイカみたいだね!」
「……ああ、そうだな。イカみたいだな」
ぎごちなく笑った私は自分の不純な心構えを恥じた。すでに顔は濡れていたが、自分を戒めるために水を掬ってバシっとかけた。
「おとうさん、プールのみずはかおをあらうためじゃないよ」
「ああ、そうだな」
「おとうさん、べつによごれてないでしょ?」
息子の問いかけに引っかかり、言葉につまってしまった。
私はもう水中に潜ることはしないと決めた。

―白川湊太郎―

ショート小説コンテスト

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