『河童~君に付き合う日~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト42



『河童~君に付き合う日~』

 今日は、俺が川原さんに付き合う日。
 そうなったのも、一週間前のこと。

 水泳の授業で、俺が川原さんに「え、おっぱいないの? 川原さん、女の子でしょ~?」とふざけて言ったら、周りにいた生徒たちが「兄貴、さすがにそれは酷い」とか「これは川原先生に土下座とかしないと…」とか「切腹しないと」と言われたのだ。ヤバイな、と思い川原さんを見ると、彼は泣きそうな顔をして「良いよ」と言った。そして、その日の放課後に体育館裏に呼び出されて、殺されるな、と思ったら「謝る気持ちがあるなら、来週の日曜日。一日、僕に付き合って」と言われた。切腹よりマシだと思ったから、俺は頷いた。

 そして、今日。
 俺は何も知らされずに、駅に朝の九時に呼び出された。
 正直眠い。
 今日は、本当は一日、バイクのメンテナンスをするつもりだった。
「つーか、川原さん来ないじゃん」
 人を呼び出して、遅刻するという…。
 あの人、真面目な人なのにな。珍しい。
 何か事故や事件に巻き込まれた?
 俺は心配になり、電話をしようとした瞬間。
「すみませんっ! お洋服、考えていたら遅れました!」
 と、川原さんが走ってきた。
 少し息切れをして、申し訳なさそうに俺を見上げる。
「せっかくのお出掛けですからね。気合いを入れてみました」
「……あの、いつも中にタンクトップ着てるのに、どうして着てないの?」
「? 暑いし、学校ではないので」
「……透けてるよ、肌とか」
「? 男なんだし、問題ないでしょ? ほら、早く電車に乗りましょう。この町、休日は二時間に一本しか来ないんだから」
「ああ、うん」
 俺は頷いて、川原さんと電車に乗った。

 三駅過ぎたところで、川原さんは「ここです」と俺の手を引いて降りた。
 その町は、近くの川に妖怪が出るという話があった。
――まさか、それ目当てか?
 と思いながら、俺は川原さんを見る。
「あの、ここで何をしたいんですか?」
「河童を探すんですよ!」
「はい? あのカタカナで言うとレインコートの?」
「違います! そんな寒いこと、言わないでください」
「ハハハ、悪いって」
「この町の川に河童が出るんです。どうしても見たくって」
「河童なんていないっすよ」
「いますから! 河童とか、妖怪は!!」
 ふんっ、と川原さんは俺を置いて歩き出す。
「信じる信じないは自由ですけど。いますからね」
「ちょっと、待ってくださいよ。かーわはーらさーん」
 俺は川原さんを追いかける。
 彼は少し歩くのが遅いから、すぐに追い付く。
「追い付いた」
 と言って、手を繋ぐと彼は赤面する。
「ひゃあっ」
「はあ゛ん!? 何、そんな女の子みたいな悲鳴あげて!」
「吃驚しちゃうでしょ!! やめてくださいっ!!」
「はあ゛ん? まあ、やめろっていうならやめるけど。てか、こんなんいつもやってんじゃん」
「もう、ほんと、ラブコメの主人公みたいに鈍感で、たらしなんだからぁ!」
 川原さんはそう言うと、走って駅から十数メートル離れた川に行く。
――全く、どうしたんだよ。
 ため息を吐き出して、俺も川の方へ行った。

 川原さんは川の向こうをワクワクしながら見る。
 立看板には『河童出現注意』という文字と、河童の絵がある。
「いるはずですっ」
 と川原さんは中に入ろうとして、ツルッと足元を滑らした。
「危ねえって!!」
 俺は川原さんの腕を掴み、思いっきり引く。
 と、川原さんはそのまま俺の方へ倒れた。
 画的に、川原さんが俺を押し倒した感じ。
「痛(いて)っ…」
 砂利とかって結構痛いんだな、と思っていると。
 川原さんが「ご、ごめんなさいっ」と涙目で謝る。
「け、怪我とかは?」
「ねえけど…」
 俺は川原さん越しに川を見て「あれ?」と言う。
「あんなところに河童が」
「へ!?」
 川原さんは川を見る。
 けれど、そこには何もなく。
 川原さんは少し怒ったような顔をして、俺を見る。
「何もいないじゃないです――か!?」
 俺は川原さんの台詞を遮って抱きしめる。
 自分でもよくわからないけれど。
 気がついたら、抱きしめていた。
「あの、さ、佐野さん?」
「……河童って、人を川とかに引きずり込んじゃうんだろ?」
「? まあ、そういう話です、けど」
「俺の川原さんが、そんな噂しかないような妖怪に連れていかれるって思うとムカつく」
「え? あ、あ、あの、あ」
「なーんてね」
 俺は笑って、川原さんを退かす。
「全く、そんなんだから女の子なんですよ。川原さん」
「……もうっ! 吃驚しました!!」
「あっはっはっはっはっ」
 よいしょ、と起き上がって川原さんの頭を軽く撫でる。
「もし、そういうのに引きずり込まれたい、とかなら。俺があんたを俺に引きずり込んでやんよ」
「ば、バーカッ!」
 もう引きずり込まれてるわ、と川原さんはとても小さな声で言った。
 きっと聞かれたくない言葉だと思ったから、俺は聞こえない振りをして川原さんを見る。
「この後はどうします? 蕎麦でも食います?」
「はい」
「よーし、じゃあ行こうか」
「はい! って、また佐野さんがエスコートしてるっ!!」
 川原さんは焦った顔をして、俺の手を引いて歩く。
「蕎麦屋までは僕がエスコートしますから」
「蕎麦屋までは、なんだね」
 ほんと。
 そういうところ、俺は好きだよ。
 という言葉は、今は秘密にしておこう。

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

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