『くじら~存在証明~』黒川洸太郎-ショート小説コンテスト47



『くじら~存在証明~』

親も死に家族も持っていない。
誰にも迷惑をかけず、社会においても黙々と波風立てずに過ごしてきた僕が、交通事故にあった。
医者の話によると僕の足はもう使い物にならないらしい。
入院3日目までは『なんで僕が』という感情に押しつぶされていたが、その考えももう面倒になった。
何を持って『生きる』って言うんだろう。そんな哲学めいたことを一人悶々と考えた。

古い病院の天井には無数のシミが出来ていて、僕はそのシミとシミの境界線を視線でなぞり続けた。
この前TVで観た四色問題を思い出し、境界線毎にどんどん色を付けていく。
僕はずっとこうやって一人黙々と生きてきた。

今回交通事故を起こした人は妻一人子三人の高所得サラリーマンだった。
僕の医療費や慰謝料は問題なく支払われる。
この人が僕のことに罪悪感を感じ、精神的に病んで会社を辞め、この家庭が崩壊しないかと杞憂する。
「誰かのために生きている人が、他人のために人生を台無しにするべきではない。」と今度会った時一言かけてやろうか。

『このままずっと天井を眺めている現在』と、『社会に戻り黙々と作業を繰り返す未来』の垣根はなんだろう。
光の無い深海にもぐったくじらのように息を潜め、ただただ口を開け食す連鎖の果てに何が視えるんだろう。
同じ哺乳類なのに、くじらは何を考え何に生きがいを感じてるんだろう。
思考があるからいけないのだろうか。思考を止めれば楽になるんだろうか。
なるがまま。潮流に身を任せ思考を止めて生きる。これが生き物らしい考え方なんだろうか。

翻って、
僕がもしも強欲に生きていたらこの状況を受け入れていただろうか。
つながりを持っていたら、怒りを消せただろうか。

『僕以外の人だけでも幸せになったら良い』と結論を出した時、僕がこの世に存在する意味なんて無い気がする。
じゃあ僕が存在する意味は今の理論の逆説
『僕だけが幸せになる方法』が僕の存在証明になるんじゃないだろうか。
そう結論づけるのが、一番動物らしい考え方なのかもしれない。

とりあえずは地上に息を吸いに行ってみるか。

―黒川洸太郎―

ショート小説コンテスト

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