『くじら~給食~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト47

『くじら~給食~』

 全くもって、意味のわからないことが起きていた。
 その日というか今日、俺は仲良しの左坤優馬(さこんゆうま)くんと、佐々塚優(ささづかゆう)くんと遊ぶ約束をしていた。
 場所は佐々塚くんの家だ。
 彼は先日まで一人暮しだったが、最近は恋人と同棲していると言う。
 その話を聞いて、俺は普通に「迷惑ではないか?」と言った。すると「平気」と彼は答えた。
 だから、左坤くんと一緒に彼の家に行ったのだが。
「やあ、兄貴! 優馬くん!」
 佐々塚くんはとてつもなく良い笑顔で俺と左坤くんを迎えてくれた。
 いや、そこまでは良かったんだ。そこまでは。
 お邪魔します、と中に入った瞬間、言葉を失った。
 食卓であろう場所に、たくさんの鯨肉があったからだ。
 それは、誰だって言葉を失うと思う。
 今、鯨肉って世の中には出回っていないはず。
 なぜ、それがここにあるのか。
 なせ、大量にあるのか。
「なあ、佐々塚くんよ」
「はい」
「鯨肉って、世の中に出回ってなくない? 捕鯨、禁止されてない?」
「物々交換で貰いました」
「はあ゛ん!?」
「物々交換」
「いや、それはわかった。そうではなく、これをどうするんだ? 三人では食べれないだろ?」
「三人ではないです」
 ふっと笑い、佐々塚くんは言う。
「兄貴と優馬くんの二人ですよ」
「何ゆえだ」
「僕、普通のご飯は食べられないので~」
「え、待て。じゃあ、今日ここに呼んだ理由って……」
「はい」
 佐々塚くんはニコッと笑う。
「これ、消費してください」

 鯨肉なんて、給食以来だ。
 俺はフライパンで鯨肉を焼きながら思う。
 小中学校の給食では普通にあった。
 俺も佐々塚くんも左坤くんも年代は同じだから、きっと二人も同じことを思っているだろう。
 いや、佐々塚くんは普通の食べ物を食べることができないから、わからないか。
 あ、左坤くんは確か、家の事情で学校に通えなかったか。
「……あのさ」
 俺は皿に焼いた鯨肉を乗せながら、テレビを見ている二人に言う。
「お前らも何かしらは手伝えよ」
「兄貴やってよ」
「やってよ兄貴」
 佐々塚くんと左坤くんは同じタイミングで同じようなことを言った。
――お前ら双子か何かか?
 と思いながら、食卓にそれを置く。
 他の鯨肉は冷蔵庫に入れた。
 冷蔵庫の中にも、まだ肉があり「鯨肉?」て聞くと「違う。人肉」と佐々塚くんは答えた。
 人肉? と思ったが、それはスルーした。

「ほら、ご飯だよ。左坤くん」
「はーーーーーいっ」
 左坤くんは楽しそうに席に着く。
「これ何?」
「鯨肉。鯨さんだよ」
「鯨って、雲だから食べられないよ」
「いや、雲ではないなあ」
 鯨雲ってあるけれど。
 確か。
「ほれ、美味しいうちに食べなさい」
「いただきまーーすっ」
「白ご飯いる?」
「いるぅ」
「はいよー」
 俺が白ご飯を茶碗に盛っていると、佐々塚くんが「兄貴ぃ」と甘えた声を出す。
「僕もご飯」
「わかったよ。焼く?」
「生」
「生かよ」
「生が良い」
「はいはい」
 左坤くんに白ご飯を。
 佐々塚くんに生肉を与えた。
「「ありがとぉ」」
 二人は笑顔で言い、美味しそうにご飯を食べる。
――何だろう、これ。
 俺は彼らの保護者か何かなのだろうか。
 てか、待てよ?
 ここは、佐々塚くんの家だ。
 なぜ、佐々塚くんは何もしないのだろうか。
 なぜ、俺はしてしまったのだろうか。
「兄貴、鯨さん美味しいねっ」
「んあ? ああ、そうだな」
「鯨さんって、僕は食べたことないからなあ。食べることができて、嬉しいよ」
 ありがと、と左坤くんは佐々塚くんに言う。
 佐々塚くんは照れながら「ま、まあね」と言う。
「交換してくれたおじさんに言いなよ」
「おじさんありがとー!!」
「『どういたしまして、優馬くん』」
「お、おじさん。どうして僕の名前を…?」
「顔に書いてあるんじゃない?」
「そっかあ」
 二人の会話を聞きながら俺は小さく笑う。
「お前ら馬鹿か」
「何を言うか! 僕、頭良いって言われるよ!?」
 左坤くんは少し怒ったような顔をする。
「二進数できるよ!」
「十進数できないじゃん、優馬くん」
「うっ」
「兄貴、こいつは頭良すぎて逆に馬鹿というパターンでっせ」
「馬鹿じゃないもおんっ」
 左坤くんは涙目で訴える。
「愁哉(しゅうや)に『優馬、頭良い子だねぇ。可愛いねぇ。よちよち~』て言われるもおんっ」
「それ、違う」
 それ、親が子供を愛でる奴。
「ま、あれだ。左坤くんはみんなに愛されているってことで、話を締めよう」
「「はーい」」
「……双子みてえだ」
 俺は二人が可愛らしくて、微笑ましくて、久しぶりに心の底から笑えた。

 珍しく、三人とも明日は休みということで、今夜は泊まることにした。
 佐々塚くんの恋人は恋人で、友人らと旅行に行っているため今日は帰ってこないという。
 そういえば、俺の川原さんも友人と旅行って言っていたな、と思いながら寝る支度をした。
 左坤くんは布団に入って少しすると、気持ち良さそうに眠った。
 俺は眠れず、ベランダで一服していた。
「兄貴」
 と佐々塚くんが俺の隣に来て、一服した。
 煙草を吸わないように見えていたけれど、意外と吸うんだな、と思っていると「あのさ」と佐々塚くんは呟くように言う。
「優馬くん、喜んでくれたかな」
「?」
「優馬くんは学校に行きたくても行けなかった子だから。今からでも、少しずつ学校がどんなものかを知ろうとしているんだよ。僕はそういう経験はないし、学校は面倒で好きではなかったんだけど。優馬くんにとっては違うじゃん」
「……鯨肉って、そういうことだったの?」
「うん。僕らの世代では、給食に出ていたでしょ? だからって思ったんだけど、注文の仕方がわからなくて、大量に来てしまった」
「ははは」
 俺は笑って、佐々塚くんの頭を撫でる。
「佐々塚くん、めっちゃ良い子だな」
「は、はあ!? いや、えっ、あ」
「うんうん」
「意味わからんわ! な、何なん!?」
「いやあ、可愛くて良い子だなあ、と」
「可愛いとか良い子とかは親から言われてるし!」
「うん。まあ、あれだ」
「?」
「喜んでくれたと思うよ。きっと」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
「そう。なら、良かった」
 佐々塚くんは煙草を消して、部屋に入る。
「んじゃ、僕は寝るから。兄貴も早く寝なよ?」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 佐々塚くんが寝室に入ったのを見送り、俺はもう一本煙草を吸う。
「名前の通り、優しくて優れていて優っているよなあ」
 俺なんかよりも、よっぽど似合っている。
 何だか、妬いてしまいそうだよ。
「なんてな」
 と、俺は煙を吐き出した。

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

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