『将棋~空間認識~』黒川洸太郎-ショート小説コンテスト51

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先生が黒板に何かを書いている。僕は上の空でそれを眺めていると、数手良い手が思いついた。
国語のノートだったが関係ない。この手を記録するため、すぐにノートに書いてみた。
完璧な穴熊だ。一人それを見てニヤニヤしていると先生が横にいた。
「君は何を書いてるんだ?」と詰問してきたので、
「すいません。落書きです。」と応えると
「消しなさい。」と言われたので仕方なく消した。それから僕は机に直接書くことになる。

友達は僕の机を見て気持ち悪がった。その机はいろいろな駒の形を無数に記録していた。
自分からは何も答えなかったが、「何これ?」と言われると「将棋だよ。」と応えていた。
家に帰るとすぐに思いついた手を実際に駒で置いてみた。
お小遣いで買ってもらった詰将棋の本を自分なりにアレンジしてみて、
自分が作った穴熊の攻略法を自分で考えてみたが、思いつかなかった。完璧だ。

次の日学校に行くと僕の机にあった将棋の手は見事に消されていた。
僕が席に着くとクスクスと笑い声が聞こえたので、
笑い声の方向を見ると、いかにもそうゆうのを消してバカにしそうな男連中がいた。
僕は全く気にしないふりをして、読みたくもない教科書を読んだふりをしていた。

僕は他人との会話も数手先まで読めてしまう病気だった。
特にアホなやつの会話は十手先まで容易に読めてしまう。
そうゆう意味で言うと小学校の頃は会話するだけ無駄な連中ばかりで退屈だった。

14歳でプロになると29連勝をした。
駒だけで交わす会話がとても心地よかった。
会話らしい会話もこの世界では少ない。
一言一言が重みを持ち軽はずみな言動もない。
数手先まで読めてしまう世界において大事なものは礼儀なのだと知る。

今、小学校の同級生は中学校、高校と進学し、クスクスと他人を小馬鹿にしながら生きている。
そうゆう世界で生きている以上、それ以下でもそれ以上でもない。
その空間がその人そのままだと知る。それはあくまでも客観的視点である。

もともとお父さんに将棋を教えてもらったのだが、お父さんは詰将棋はしても対局はしない。
理由を聞くと「勝ち負けをつけると他人を傷つけるだろ」と言っていた。
だから僕はあくまでも言葉少なく礼儀を備え他人と向き合うことにする。

―黒川洸太郎―

ショート小説コンテスト

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