『将棋~対局~』
僕は、たまに将棋を指す。
趣味とまではいかないが、時間があったら指している。
相手は友人だったり、家族だったり。
今日も、仕事が思ったより早く片付き、指そうかと思っていた。
だが、僕の部屋から妻の「文(ふみ)くん! めっ!!」という声が聞こえた。そして、僕が部屋に行くと、息子が僕の将棋の駒を床に散らかしていた。
「おっと、これじゃあしばらくは指せないな」
と、僕が苦笑すると、妻は「あ、えっと」と少し慌てる。
「こら、文くん。お父さんがそれを使うんだから」
「ああ、良いよ。那穂(なお)」
僕は妻と息子の傍に座り、ニコッと笑う。
「飲み込んだりとかしてないなら、全然平気さ」
「え、でも…」
「ん」
僕は頷き、息子を見る。
「文も指すかい?」
「う?」
「これで、父ちゃんと遊ぶか」
玉将を持って息子に見せて言うと、息子は嬉しそうに笑う。
「あいっ!」
∬
盤に駒を乗せていく。
息子は僕のを見ながら、乗せていく。
「とーた、むむちい?」
「んー、最初は難しいかな」
「文、ででる?」
「できるさ、きっと」
何気ない会話をしながら、僕は息子と対局する。
「お願いします」
と互いに頭を軽く下げ、始める。
ルールを説明しながら進めていると、息子はすぐに上達していった。
「文、上手だね」
僕が頭を撫でると、息子は嬉しそうに頷く。
「とーたみたいになるんだ!」
「僕みたいにかい?」
「うん! とーた、いつもおちごごやってて、たいへんなのに、文とあおんでくれりゅから、やさしいんだ!」
「っ」
息子からそんな言葉を聞けるなんて、僕は思っていなかったから、嬉しくなって泣きそうになった。
――いかん、年かな。
ぐっとこらえ、僕は「ありがと」と笑う。
「文は、もう充分優しくて良い子だよ」
「う?」
「うん。父ちゃん、嬉しくて泣きそうだよ。ふはは、年だね」
「とち?」
「うん」
僕は笑って、将棋の盤を片す。
「文、ご飯にしようか」
「あいっ!」
息子は元気よく返事をした。
それも愛しくて、僕は息子を抱き抱えて、食卓に向かった。
―緑川凛太郎―
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