『上司~涙酒~』
俺の住む町は、小さい町だけれど居酒屋などが多くある。
その中で、一番安心するのが大衆居酒屋で、今日は何となく一人で飲みに来た。
のだけれど。
なぜか、飲んでる途中で同僚たちが来て、結果いつもの飲み会になった。
「なぜ来たのかについて、説明はしてくれないんだな…」
「神呪(かみの)さんだって、俺が一人で飲んでると来るじゃんか」
「それは、タダで飲めるから」
「最低だなあ、相変わらず」
けど、と同僚――と言うか社長は言う。
「それが君なんだよなあ」
「……何? 説教なら、引馬(ひくま)さんにたくさん言われたから、もういいよ?」
「説教ではないよ。あと、引馬さんをこれ以上怒らせるな」
やれやれと言うように、社長は煙管を懐から出して吸う。
「今日は君の愚痴というか後悔のようなものを聞きに来たのさ」
「悪趣味」
「君に言われたくないよ」
ふぅ、と社長は煙を吐く。
「あ、君は吸ったらダメだからね? 今日、また三十本くらい吸ったでしょ?」
「まだ二十五本しか吸ってない。ニコチンが足りない」
「充分すぎるから、それ」
全く、と社長は俺の鞄を取り上げる。
「隙を見て吸おうとするから、もうダメね」
「ああああ! 俺の煙草! 返してよ!」
「だーめっ」
「吸わせろよ、ニコチン! ニコチンが俺を呼んでいるの!!」
「だーーーーーめっ」
社長は煙管で俺の頭をコツン、と殴る。
熱いし、地味に痛かった。
「神呪さん、最近吸いすぎだし。体調も良くないんだから」
「ストレス社会で、発散する方法がそれくらいなの!」
「いや、うちの会社でそれはないでしょ? 会社というか社会復帰施設だけれども」
「確かに、社長のところにいてから、ストレスとかないけれど」
「うん。いや、まあ、君らがいたところが悪かっただけだけれど」
「……まあね」
俺はウーロンハイを一口飲んで呟くように言う。
「たまに、さ。考えるんだけど」
「うん?」
「あいつ――刀祢(とね)がいなかったらさ、井村(いむら)さんは死なずに済んだんじゃないか、て」
「……やっぱり、気にしているんだ。あの一家のことを」
「うん。俺は彼女の自殺を止めることができなかった」
「…………」
「もしも、俺が止めれたら。死なないでくれ、と叫べたら。彼女は生きて、旦那さんも生きて、あの一家は幸せに暮らしていけたのかな、とか」
「そうかもしれないね」
社長は水を一口飲み、俺を見る。
「でも、息子が不幸せのままだ、てことはないじゃない? 現に彼は綺麗な奥さんと双子の娘さんがいるんだ」
「うん……」
「人は全部幸せであると言うわけにはいかないんだよ。その逆もだけれど」
「そうなの? 社長なら、全部幸せに、て可能じゃない?」
社長は縁の神様だから。
そういう縁を結ぶことだってできるだろ?
「なんで――」
「幸せと不幸せを大切にしてほしいからかな」
「?」
「幸せというものが当たり前になったら、つまらないし、大切にしないだろ? 人は」
「……そうかもしれない」
「うん。だから、少し不幸せも必要なんだよ」
例えるならば、と社長は言う。
「最初から最後まで何の障害のないラブストーリーなんか面白味がないだろ?」
「確かに。いや、あまり見ないけれど」
「うん。そういうこと」
社長は小さく笑い、水を飲む。
俺はそれを見ながらウーロンハイを飲む。
――何だかんだ言って、俺は人に恵まれているのかな。
酔ってきたのか、そんな柄にもないことを思った。
「俺、上司にはかなり恵まれていますよね」
「ん? ああ、そうなんじゃない? 井村さんは良い人だったし」
「も、そうだけど! 社長のこともそう」
社長と出会っていなかったら。
社長のところでいられなかったら。
今、どこで何をしていただろうか。
「井村さんにも、社長にも会えて良かった」
「っ! それは、また嬉しいことを言ってくれるねぇ」
そう言った社長の声は少し涙混じりだった。
―緑川凛太郎―
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