『切符~旅立ち~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト59

*ぶろぐ村に参加してます!
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 小説ブログへ

『切符~旅立ち~』

この町に住んで、三十年近くになった。
 こんなに長く住む予定はなかったのに。
 気づくと、この町を好きになっていて。
 この町の人を好きになっていた。
 だが、いつまでもいるわけにはいかない。
 ずっと、このまま、なんて。
「ちょっくら、夢を追いかけていきます」
 俺が社長に言うと、社長は「うん」と頷く。
「気を付けてね」
「はい。お世話になりました。百鬼社長」
「こちらこそだよ、神呪社員」
 社長は優しく俺を抱き締める。
「いつでも帰っておいで。君の席は、残しておくから」
「……うん」
 ありがと、と俺は社長から離れる。
「すぐには帰ってこない予定だから。俺の席、綺麗にしといてよ?」
「任せておいて」
「じゃあ」
 荷物をまとめて、会社を出る。
「さよなら」
 と、手を振って、俺は会社を背に、歩いた。

 駅に向かう途中で、引馬さんに会った。
 引馬さんは、何か言おうとしたけど、その前に「あの」と俺が言う。
「いつでも、相談とかしても良いですか?」
「勿論。どんなことでも言いな」
「ありがと。引馬さんがいるから、きっと俺も紀治もやってこれた」
「そう言われると嬉しいな」
 あはは、と引馬さんは照れ笑う。
 けど、すぐに真剣な顔をして、俺に言う。
「神呪さん、医者として言うけど。本当に煙草控えてね? 新生活でストレスとかあると思うけど、本数増やしたりしないでね。減らして」
「うっ……。でも、煙草が俺に吸われたいって」
「駄・目・だ・か・ら!」
「……はい。控える……努力する」
「全くもう。君は、君が思っているより虚弱なんだからさ。大事にしてよ」
「そこまで虚弱じゃないよ」
「……いつも風邪気味の人が、何を言ってるのかな?」
「ゴメンナサイ」
「片言やめなさい」
 ったく、と引馬さんは俺を抱き締める。
「いつまでも心配だよ、君は」
「親か」
「親みたいなもんだよ」
「いや、年齢差」
「百鬼出版社の社員は、みんな俺の子供みたいなものなの」
「いやいや、落ち着いて」
 俺と引馬さんは七個しか年が離れていない。
 親子はない。
 あって兄弟だ。
「まあ、でも、引馬さんは親みたいなところあるけどさ」
「親だよ」
「親じゃない」
 でも、と俺は引馬さんから離れる。
「大好きな親戚のお兄さんって感じ」
「や、ちょ、突然のデレやめて」
「たまには良いだろ?」
「うん。まあ」
 引馬さんは恥ずかしそうに笑いながら頷いた。
 そして、そっと俺の頭を撫でた。
 無言で撫でるから「何?」と訊くと、引馬さんは「ううん」と言う。
「とにかく元気でいてくれれば良いかな、て」
「うん」
「三沢さんに迷惑かけんなよ」
「三沢は迷惑かけられたい人間なんだよ」
「そんなこと言って。嫌だ、て言われたらどうするの」
「あいつはそんなこと言わない」
「はいはい」
「何だよ。馬鹿にしてくれちゃって」
 俺は少しムッとして、引馬さんを見る。
「今に見てろ。有名になって、テレビに出てやるから」
「待ってるよ」
「すぐに出てやる。そして、みんな優しくて、馬鹿だって言ってやるんだから!」
 じゃあね、と俺は駅の方に走る。
 その俺に引馬さんは「寂しくなったら、帰ってきなよ」と優しく声をかけた。
 全く、みんな俺のことをわかりすぎている。
「寂しくなんかならない! みんないるから!」
 俺は引馬さんに向かって叫び、駅の改札を通った。

 この町の駅員は、俺の古くからの友人。
 小龍(シャオロン)という中国人。
 でも、日本にずっと住んでるから、ほぼ日本人。
 小龍は俺と引馬さんのやり取りを見ていたらしく。
 俺が切符をもらおうとすると「楽しそうだね」と笑って、切符を渡した。
 俺は「何が」と、少し恥ずかしくなりながら訊くと、小龍は引馬さんの方を見る。
「文人と佑司は仲良しだよね、本当に」
「そ、そうかな」
「そうだよ。てか、文人はこの町の人みんなに愛されているから。良かったね」
「うん、まあ、まあな。俺だし」
「はははっ。最初に来たときの文人とは全く違うなあ」
「三十年くらい前の話だろ? そりゃ、多少変わるわ」
「うん。とても良い感じに変わった」
 小龍は駅員室から出て、俺と一緒にホームで電車を待つ。
「君とこうして電車を待つのも、今日で最後か」
「最後じゃない。また、戻ってくるから」
「おいおい。戻ってこないつもりでいないと、ダメだぞ?」
「……住民票とか、こっちのままだし」
「文人ったら、何のために上京するんだい?」
「一回、こういうことしたかったんだよ。昔やってて、今も何となくやってる音楽で。どこまでいけるかな、て」
「二十歳くらいがやりそうなことだね」
「二十歳くらいに音楽始めて、そっから色々あってさ。んで、ようやく、やりたいことやれるようになったんだ」
 応援してて、と俺は来た電車に乗る。
 応援してる、と小龍は俺に言う。
「君に渡した切符は、期限なんてないものだ。いつでも、戻ってこい! 愚痴ってこい! 僕は、ここでずっと駅員をしているから」
「っ! うん!」
 俺は小龍から渡された真っ白な紙切れを握りしめて言う。
「じゃあね!」
 さようなら。
 俺はこの町から出て、自分がどれくらい立派になれたかを確かめる。
 だから、見ていて。
 応援していて。

「大好きなみんな」

 揺れる電車。
 旅立ちの春。
 俺は、いつでも故郷に戻れる切符を持って。
 夢を追いかけた。

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

*ぶろぐ村に参加してます!
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 小説ブログへ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA