『痕跡~生痕~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト62

*ぶろぐ村に参加してます!
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 小説ブログへ



『痕跡~生痕~』

「――ということなんだけど、どう? 川中さん」
 職場の後輩・佐々塚優さんが、とても目を輝かせて俺を見る。
 俺は真顔で「はあ……」と、とりあえず頷く。
「全く、意味がわかりませんけれど。佐々塚さんがやりたいなら、どうぞ」
「ありがとう! よし、じゃあ夏休み! 一週間休みを取りなよ?」
「ええ、わかりました」
「取らなかったら、食い殺すからね!」
「全力で取ります」

――僕たちが一緒にいた――
――一緒に生きていた――
――そういう痕跡を残そうではないか――
――だって、いつ死ぬかわからないんだから――
 そんなことを、佐々塚さんは突然言った。
 彼らしくない言葉だった。
 だけど、最後に無理矢理一週間の休みを取らせようとしたから、いつも通りの彼だと思った。
 彼らしい。
 誰よりも我儘で。
 自己中心的で。
 最低で。
 他人なんかどうでも良いと思っていて。
 でも、自分の好きなものに対しては優しくて。
 優しいというか、過保護。
 そんな奴。
「全くもう」
 困ったな、と俺はため息を吐いて、頭を軽く掻く。
「どこで取れば良いのかわからんぞ」
 それに、一週間何をするのかもわからない。
 けど。
「たまには、良いかもしれないな」
 俺は手帳をパタンと閉じて。
 彼と一週間、何をするか考えた。

 君がいつ、消えてしまうかわからない。
 君の肉体はあっても、精神が消えてなくなってしまう。
 そんな世界を、僕は何度も見てきた。
 その世界では、僕は君のことを忘れてしまっている。
 忘れてしまう前は、いつも忘れたくないと願っているのに。
「今度こそは」
 目の前にいる君を。
 川中文弘という存在を。
 消えてしまわないように。
 消えてしまっても、僕だけは忘れない。
 そのために。
 君が生きていた――君と生きていた痕跡を残そう。
 写真でも良いし。
 録音テープに残すのも良い。
 君が好きなように。
 たくさん残そう。
「さて、どうしようかな」
 僕は隣にいる川中さんを見る。
 彼は楽しそうに、一週間、何をするかを考えているみたいで。
 手帳を何度も開いたり閉じたりして。
「どうしましょうか~」
 と、僕に言う。
「佐々塚さんは、決めてるんですか?」
「え? まあ、ね。決まってるよ」
「ふーむ。そうですか」
「うん」
 何の意味のない嘘を吐いてみた。
 きっと、君にはバレている。
「川中さんは?」
「今、決めました」
「ほう」
「全て佐々塚さんに任せます」
「え゛」
「任せましたよ」
 それでは、と川中さんは荷物を持って、先に帰っていった。
 僕はそれを見て「クソ……」と呟いた。
 全く、どうすれば良いのかわからないけれど。
「たまには、良いかもしれないな」

―緑川凛太郎―

ショート小説コンテスト

*ぶろぐ村に参加してます!
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 小説ブログへ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA