緑川凛太郎の小説
一覧
『痕跡~生痕~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト62
『痕跡~生痕~』 「――ということなんだけど、どう? 川中さん」 職場の後輩・佐々塚優さんが、とても目を輝かせて俺を見る。 俺は真顔で「はあ……」と、とりあえず頷く。 「全く、意味がわかりませんけれど。佐々塚さんがやりたいなら、どうぞ」 「ありがとう! よし、じゃあ夏休み! 一週間休みを取りなよ?」 「ええ、わかりました」 「取らなかったら、食い殺すからね!」 「全力で取ります」 ∫ ――僕たちが一緒にいた―― ――一緒に生きていた―― ――そ...
『豚~ブタ~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト61
『豚~ブタ~』 「豚を知ってますか?」 何の脈絡もなく隣にいる梔さんが、俺に話しかける。 「社長、聞いてます?」 「え? うん。聞いているけど」 「なら、答えてください」 「え、まあ豚くらい知っているけど。どうした?」 「豚って、とても綺麗好きらしいですよ。あのなりで」 「あのなりで、て……」 さらっと酷いというか失礼なことを言うなあ、と思いながら。 俺は梔さんを見る。 「で、その綺麗好きな豚の話を、なぜ、急にしだしたの?」 「いや、先日そのことを合コン...
『アルバム~回想~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト60
『アルバム~回想~』 火野(ひの)先生は、僕たちオカルト研究会の顧問である。 昔、火事に遭って、右目の視力を失い、火傷を負ったため、包帯で顔の右を隠している。 いつも、火野先生は笑っている。 ニコニコしていて、優しい人。 授業は面白いし、部活では少し離れたところで僕たちを見守ってくれている。 そんな火野先生は、たまに懐かしそうに古いアルバムを開いて見ている。 今日も、見ていた。 何となく気になって「先生」と声をかけると。 火野先生は、静かにアルバム...
『切符~旅立ち~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト59
『切符~旅立ち~』 この町に住んで、三十年近くになった。 こんなに長く住む予定はなかったのに。 気づくと、この町を好きになっていて。 この町の人を好きになっていた。 だが、いつまでもいるわけにはいかない。 ずっと、このまま、なんて。 「ちょっくら、夢を追いかけていきます」 俺が社長に言うと、社長は「うん」と頷く。 「気を付けてね」 「はい。お世話になりました。百鬼社長」 「こちらこそだよ、神呪社員」 社長は優しく俺を抱き締める。 「いつでも帰っ...
『カーテン~買換~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト58
『カーテン~買換~』 何だかんだで、僕と川中さんは互いの家を行き来する仲になった。 事の発端は、僕があまりにも色々なことができないからなのだけれど。 川中さんは、そんな僕を「仕方ないですね」とため息混じりに言い、優しく家に入れてくれる。 今日は珍しく川中さんから「家に来て」と言われ、少しルンラルンラしながら川中さんの家に向かっている。 僕の家から、歩いて十五分くらい。 走ったら五分。 「スキップしながら行くか」 僕はスキップしながら川中さんの家の前まで行き...
『涙~悲鳴~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト57
『涙~悲鳴~』 わたしは話をすることができない。 口から出るのは嗚咽に似た何かだ。 それに気づいてからは、わたしは口を利かないようにした。 母には「どうして、口を利かないの」と言われるが、それを答えることは口ではできない。 母はわたしが普通の子でいるように言った。 ゆえに、話をすることができないという異常は許されないのである。 わたしは誤魔化すように笑って頷く。 『本当は、たくさん話をしたいんだ。だけど、口から言葉が出てこないんだよ。これをあなたに知られ...
『プリン~甘くない~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト56
『プリン~甘くない~』 ∫ ぷるんとしていない、そんなプリンが好き。 ケーキのような、そんな……。 そして、甘すぎない、少しだけ甘い……。 そこに、ほろ苦いカラメルソースを絡めて。 「どう?」 笑って貴方(きほう)に渡すプリンには、またちょっと隠し味を。 それに気づいた貴方は私に言う。 「君のそういうところ、嫌いじゃあないよ」 「気づいたの」 「僕はずっと君といるからね」 プリンをすくって、貴方は私の口に運ぶ。 「たまには、こういう終わりも...
『上司~涙酒~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト55
『上司~涙酒~』 俺の住む町は、小さい町だけれど居酒屋などが多くある。 その中で、一番安心するのが大衆居酒屋で、今日は何となく一人で飲みに来た。 のだけれど。 なぜか、飲んでる途中で同僚たちが来て、結果いつもの飲み会になった。 「なぜ来たのかについて、説明はしてくれないんだな…」 「神呪(かみの)さんだって、俺が一人で飲んでると来るじゃんか」 「それは、タダで飲めるから」 「最低だなあ、相変わらず」 けど、と同僚――と言うか社長は言う。 「それが君なんだ...
『電柱~のろい~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト54
『電柱~のろい~』 「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ」 弟の美鶴(みつる)は、僕と手を繋ぎながら一本ずつ電柱を数える。 僕はそれをうるさいな、と思いながらも一応は聞いてあげている。 美鶴は十まで数えたあと、数えなくなる。 わざとなのか、数えられないのか。 僕にはわからない。 気にはなっているのだ。 毎日毎日、家から学校や病院、スーパーなどまでの間の電柱を数えていて。 いつも十から先は数えなくて。 「なあ、美鶴」 僕は美鶴に訊く。 「何...
『みかん~甘くて酸っぱい~』緑川凛太郎-ショート小説コンテスト53
『みかん~甘くて酸っぱい~』 愁哉(しゅうや)は、この時期になると炬燵(こたつ)に入り、蜜柑(みかん)を食べる。相変わらず裸族だから、全裸で、だけど。 そんな愁哉を僕は見ながら、隙を見て蜜柑をいただく。 愁哉はいつも蜜柑の皮を剥く前、蜜柑を揉んでいる。そして、白い筋のようなものを綺麗に取り、一粒ずつ美味しそうに食べる。 「その白いのは、美味しくないの?」 愁哉の剥いた蜜柑を食べながら訊くと、愁哉は「食っていやがる」とため息を吐き、僕を見る。 「その白いのは、何とな...
最近のコメント